挫・人間 下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第26回】

挫・人間下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第26回】

2022年08月号掲載

挫・人間

夏ということで今回は怖い話でもしたいと思う。

この連載をチェックしてくれている読者はおれが事故物件に住んでいることをご存知だろうが、正直全然おぞましい霊障に遭遇することがない。
引っ越して早々に壁に貼られたおふだを引き剥がし、「おい......かかってこいよ」など空に向かって挑発したりもしてみたが、結局今まで恐怖体験をすることはなかった。

せっかく事故物件に住んでいるのだから霊障のひとつでも起こらなければ張り合いがないぜ！なんて思っていたのだが、よく考えたら友人と縁を切ったり、ベースの声児がレコーディング直前に骨折したり、パソコンが保証が切れた数日後にぶち壊れ、修理費56000円請求されたり、ちょっと嫌な病気をしたり、野球ファンになってしまったり、なかなか私生活に不吉が影を落としているように思う。

だが、実際にそれっぽい心霊現象らしきものが発生しても、怖いBGMもなければなんてことないのである。おわかりいただけるだろうか？勝手にテレビの電源が落とされたり、洗い立てのタオルから女性のものと思われる長い金髪が絡まっているのを見つけても、実際には皆、「わぁ」くらいのことしかないものである。

そんなおれが、最近一度だけゾッとしたことがあった。
その日は前の晩に記憶を飛ばしてしまうほど大量にお酒を飲んでいて、目を覚ますと丑三つ時。自分のベッドの上だった。
眠たい目を擦りながらお手洗いに行き、二度寝でもしようとベッドに戻ろうとすると、ソファの方に「何か」がいる気配がする。
恐る恐るそちらに目をやると、「何か」は、長い髪の毛のようなものをソファからだらりと垂らしながら、全身を赤紫の色に染めて蠢いている。
視力が0.001くらいしかない裸眼のおれには、その肉塊らしき「何か」がボンヤリと浮かび上がって見えるだけで全容は把握出来ない。が、これはついに恐ろしいことが起きてしまったと気付いた。そこでおれは、「これは、現実ではない」と無視をして、何も気づかなかったフリをしてベッドに入った。

酔っ払って、知り合ったばかりの女性を家に連れて帰ったのだとしたら、一緒にベッドで寝てたりするのがセオリーだが、赤紫の蠢く塊を口説いて家に連れて帰るはずがない。曖昧な記憶に後悔と恐怖を覚えながら、気付いたら眠っていた。

もう一度目を覚ますと朝になっており、ソファには「何か」がいた形跡もなかった。
あれはきっと夢だったのだろう。きっと何か、何かを見間違えてしまったに違いない。そうだ、そんなことあるものか。
そう思ってソファに腰掛けて背筋が凍った。何本かの長い髪の毛が指に絡まっていたのだ。

「......そんな恐怖体験をさ、ついにしたんだよ」と、うちのベーシストである声児に話すと、彼は笑顔で
「あ、それオレだわ！ウケる」
と返してきた。
彼は長い髪の毛を揺らし、龍がプリントされている赤紫の大きなシャツを着ていた。メガネを外して彼を見つめるとソファで蠢いていた「何か」そのものだった。わかりました引っ越します。ありがとうございました。

挫・人間

2008年、熊本で結成。"閃光ライオット2009"の決勝大会に進出し、同大会のキャンペーン・ガール、夏未エレナが選出する"夏未エレナ賞"を受賞。2013年に1stアルバム『苺苺苺苺苺』を発表。その後もリリースを重ね、2021年は1月にライヴDVDを発売。3月にUSEN STUDIO COASTにて単独公演を実施。8月には6thアルバム『散漫』を発表。2022年9月には2ndシングル『このままでいたい』をリリースする。

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