オワリカラ : タカハシヒョウリの「火星から来た漫読家」【第22回】
2015年01月号掲載
『不思議な少年』
秋葉原GOODMANというライブハウスがある。秋葉原というとロック系のライブハウスがあるイメージは薄いかもしれないけど、GOODMANは筋の通ったオルタナティブなバンドが出演し続けているハコでオワリカラも結成当初から世話になっている。あるとき、そのGOODMANの楽屋にハコの雰囲気には似つかわしくない絵柄のマンガが置いてあった。暇だったので何気なく手に取り読み始め、そこで衝撃の出会いをした。そのマンガは山下和美作『不思議な少年』。そこで読んだのは7巻で、『ヨコハマ・リリィ』という話だった。運が悪い(?)ことにそのとき楽屋には他に誰もおらず、涙をこらえる理由が無かったのが災いしてボロ泣きした。マンガでここまで「来た」のは久々のことだった。それを機に『不思議な少年』というマンガの存在を知り、彼とめぐる人間世界の軌跡に触れていった。つい最近5年ぶりとなる待望の新刊・9巻が出たところだし、『不思議な少年』の話をしようと思う。
不思議な少年は何者か。少年は名前を持たない。マーク・トウェインの小説からとって「不思議な少年」。天使なのか、悪魔なのか、何者かの意思なのか。それはわからないけど、金髪に青い眼の少年は人間の歴史のあらゆる時代、あらゆる場所にいて、人々の営みを見つめている「傍観者」「観察者」「研究者」のような存在だ。物語はさまざまな時代、国に飛んで、そこに暮らす印象的な人々(時に英雄、時に殺人犯、時にソクラテス、時にギャル、時に本当に変哲の無い家庭)と不思議な少年との出会いが生む数奇な出来事を描いていく。無限の営みを眺めつづけてきた彼は、誰よりも人間を愛していて、誰よりも人間を憎んでいて、それでもまだ「人間とは何なのか」という答えを出すことができず、永久の時間をさまよっている旅人だ。派手な戦いも、主人公以外に特定のキャラクターもいない、「答えのない問い」をただ求めていく物語はマンガとして成立させるのがとても難しそうな題材だけど、このマンガは完璧にそれをやり抜いている。「壮大な正論」を人々の人生を通して説得力を持って描いていく力量は、これちょっと圧倒的だ。KAMIGAKARI、である。個人的に、読んだ「手触り」が一番近く感じるのが手塚治虫の『ブラック・ジャック』で、それと同じくらい歴史に残るマンガだと思う。本当は何話も紹介したい話があるのだけど、文量の関係で特別に好きな1話だけ紹介しよう。
このマンガで一番好きな話が前述の『ヨコハマ・リリィ』で、全部読み通した後もこの話が一番心に残った。『ヨコハマ・リリィ』は7巻の一番最後に載っている話で、なぜ最初にこれを読んだのかわからない。でも偶然最初にめくったページでこの話に出会えたのなら本当に幸運なことだ。何十年も純白のドレスとメイクで横浜の街角に立ち続けている元娼婦の老婆・ヨコハマ・リリィと不思議な少年の邂逅を描いたこの話は、実在の女性「ヨコハマメリー」をモデルにしている。ヨコハマメリーこと"メリーさん"は横浜の街角に1995年頃まで30~40年にわたって立ち続けていた伝説の人だ。メリーさんの存在は『ヨコハマメリー』というドキュメンタリー映画にもなっているので、ぜひ見てほしい。メリーさんは若い頃に米軍将兵と結婚していたが戦後に米兵はアメリカに帰国してしまい、以来街頭で娼婦をしながら何十年もその夫の帰りを待ち続けている、という伝説がまことしやかにささやかれていた。これをモデルにした『ヨコハマ・リリィ』では、若い頃に愛し別れた米兵が実は永遠の命を持つ不思議な少年だった、というアイデアが鮮やかに結晶化している。
永遠の旅の途中にふと止まり木のようにヨコハマにとどまっただけの「時の旅人」少年を、人生をかけて待ち続けるリリィと、その2人の再会を描いたこのストーリーはとてつもなく切ない。切なさが決壊する。しかし「永遠の命」を持ち「決して出ない答え」を追い続ける旅人の少年と対比するように、「限りある命」を持ち「たどりつくゴール(死)」を持っている人間、そのちっぽけな生を肯定するように終わる最後の1コマにこそ、このマンガの根底にあるものが端的に象徴されていると思う。「人間は何よりも愚かで、何よりも愛おしい。」という不思議な少年の声が聴こえてくるようだ。
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