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COLUMN

UNCHAIN 谷川正憲 改め、茉莉乃沢ガニ太【第1回】

2012年04月号掲載

UNCHAIN 谷川正憲 改め、茉莉乃沢ガニ太【第1回】

「おーい、ガニ太!父ちゃんちょっと出掛けるから、物置きの整理頼んだで!」「わかってるわーい!わかってるから行ってこんかーい!」二十歳の夏休み、市内の大学に通っている僕は半島の実家でこき使われていた。手伝いは面倒だが、懐かしいので良しとする。物置きの棚には当時ハマっていたマンガ、あだち充先生の『ラフ』。何十回と読み返した名作だ。読む度にヒロインの亜美ちゃんに恋をする。僕の永遠のマドンナだ。『ラフ』と言えば、熱血水泳マンガとして有名であるが、水泳で思い出すのが小三のプール実習。あの日は先生たちが子どもたちに[ドッキリ肝試し]を仕掛けるため、夜間の実習だったのだ。照明付きの屋外プールではしゃぐ小三の僕たちに、それは突如襲いかかる。「わっ!停電や!停電やで!」暗闇に包まれ、パニックに陥ったみんなの頭上に、ゆらゆらと火の玉が現れる。「こ、この世の終わりやでー!」誰かがそう叫んだと同時に、みんな一斉にプールの出口へ走った。今思えば、あの火の玉は釣り竿か何かで提灯でもぶら下げていたのだろう。なかなか手が込んでいる。しかし次に起こったアレは、一体どうゆう仕掛けだったのだろう。脱出を試みる僕らを待ち受けていたのは、ブーメランパンツにマント、みすぼらしくもだらしない腹、頭には、どうやって被ったのだろう?やかんを被ったちっちゃいおっさんだったのだ。顔が隠れていたので一概におっさんだったと決めつけるのもどうかと思うが、とにかくおっさんは言った。「みんな!あぶないっちゃ!はやくこっちへ!この超人ケトラーのほうへ来るだっちゃ!」ラムちゃん語だ。体調が悪くなっていくのを感じた。僕らは吐き気を抑えながら、一世一代の見事なUターンを決めると、今度はプールサイドの金網を登り始めた。「なんだ?誰だアイツは?」大人たちもざわつき始める。どうやら職員サイドの差し金ではないらしい。自称超人ケトラーはどうやら女子生徒を追いかけ始めた。間もなく僕の初恋の相手であった、比叡山ふもとちゃんが超人ケトラーに、いや変態オヤジに捕まってしまったのだ。「ふもっちゃん!」僕は恐怖と嗚咽も顧みず、気付けばケトラーに、いやそのコスプレイヤーに突進していた。その頭突きが運良くケトラーa.k.aロリコンのミゾオチにヒットし、過呼吸寸前のふもっちゃんは無事解放。「ぢゃっ!…」ケトラーa.k.aブーメランデブは、ラムちゃん的唸り声をあげ倒れると、そのまま後頭部を打って動かなくなってしまった。「い、今だっ!やれっ!」みんなの殺意はすさまじく、その後はひどいもんだった。やかんの上からボコボコにされたケトラーa.k.a瀕死は、しばらく痛みを噛み締めるようにしてから、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと去って行った。その背中には全ての孤独が背負われているかに思われた。BGMを流すならカーペンターズの『Superstar』だろう。あぁ変な事を思い出した。一体アレは何だったのだろう。あの変態オヤジは、ただ僕らを助けるヒーローになりたかっただけなのかもしれない。「ガニ太!ご飯やでー!」母親の声がする。「おー、今ゆく!」物置きを出ようとしたその瞬間、奥から何やら転がる音。振り返ってみると、そこにはボコボコの古びたやかんがあった。あれ?これどっかで見たような…。あれ?あれあれ?
~生きとし生ける者たちよ、真実とは時に残酷なものである~