Japanese
毛皮のマリーズ
Skream! マガジン 2012年01月号掲載
2011.12.05 @日本武道館
Writer 島根 希実
Édith Piafの歌う崇高な悲恋の物語「愛の賛歌」が場内に物悲しく響き渡る。やがてステージ上は、ぼんやりと静かにライト・アップされ、最後の灯が場内を薄暗く照らし出す。途端に湧き上がる盛大な拍手。遂にこの時が来てしまった。毛皮のマリーズの最後のステージが幕を開けた。
彼らが、最後の晴れ舞台に選んだのは全19曲。驚くことに、その全てが、この日が来ることを知っていたとばかりに、その死を悼み、バンドの生きてきた歴史、その生き様を形容するものであった。一曲、また一曲と、自らの棺桶に花を添えていくように、その歌は、バンドの最後に寄り添っていった。まるで、全てを予期し、この日のために用意されたレクイエムのように――。
毛皮のマリーズ、最後の舞台。そこにあったのは、生と死。そして愛。あまりに生き急いだこのバンドの美しきラスト・ステージを此処に綴る。
1曲目「REBEL SONG」が始まると同時に、場内は一気にライト・アップ!“ハロー!ピープル! カモン!ピープル!”私たちへの挨拶のような歌い出し。それに答えるように、歓声をあげる客席。“それでいいのだ!それがいいのだ!それでここまでやってきたじゃねえか!”バンドの最後を讃えるような言葉たちが、清々しく眩しいステージングと相反し、切なく突き刺さる。そして“どーなったっていいよ”と一千回のキスを降らせた「ボニーとクライドは今夜も夢中」。襲いかかる不信感によって場内を血の惨劇へと染め上げた「人間不信」。のっけから全力でぶつかる、痛快なロックンロール・ナンバーの応酬だ。
“こんばんは武道館。今日は最後のライヴ。どうか楽しんで”“武道館、似合うかい?”ライブで志磨(Vo)が喋ったのなんて、せいぜいこの程度。ほんの一言話すと、すぐに曲が始まる。「愛する or die」では、“刺すぞ 殺すぞ 死ね・死ね・死ね!!!俺だけ愛して下さいよ……”と志磨が愛を乞う度に、そのえげつなく純粋な愛への渇望と飢餓感が、会場のヴォルテージを上げていく。
会場が、ピンクのライトによって愛の色に染まる中で披露された「BABYDOLL」は、“さよならを言わせて”“忘れない 愛してるワ”と、繰り返し愛する人へ別れを告げる。やがて、会場中に息づいていく、マリーズの“さよなら”。そして、お別れはヒロティ(Ba)が歌う「すてきなモリー」へとバトンタッチ。その可愛らしいボーカルが皆の胸をときめかせ、彼女へラブ・コールを捧げるように手拍子が巻き起こっていく。そして、その愛は「Mary Lou」とのラブ・ストーリーへと繋がる。
壮大な物語は、徐々に終わりの時へと近づいていく。別れを歌いながら、寝転がり天を仰ぐ志磨の姿が印象的であった「JUBILEE」。別れと旅立ちを歌う「HEART OF GOLD」。刻一刻と最後の時が忍び寄る悲しみに乗せて、巻き起こっていくウェーブ。それは「ジャーニー」で手拍子となり、もっと聞かせてくれとばかりに耳をすます志磨の煽りを受け、どんどん大きくなっていく。“さらば青春!さらば青春!さらば青春!こんにちは僕らの未来!”と叫びながら、ステージ上を転げまわる志磨。 燃えしきる生きる喜びの中で、叫ぶ男へ向けて、引きちぎれんばかりに手を振る客席。“止まると俺死ぬから”と繰り返し、ステージに四つん這いになり、頭を何度も地べたに叩きつける。“死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!”と、もがくようにステージを這いつくばる。そのまま突っ伏して終了という壮絶な幕切れのまま、聴こえてきたのはマリーズが歌う愛の賛歌「ビューティフル」。志磨は、再び地べたに座り込み、時に這いつくばり歌いあげていく。そして、会場中に巻き起こるビューティフルの大合唱。マリーズの8年間が燃え上がり、燦々と輝く中で、彼らは一歩ずつ死へと向かっていく。
一人ずつ順番に登場し、丁寧に一礼したアンコール。最後の曲「THE END」が始まる直前、客席は、もうすぐ彼らが息絶えることを知ってるのか、これまでは聞こえてこなかった場所からもメンバーの名前を呼ぶ声があちこちから聞こえてきた。懇願するように“なにか喋って!”という声もあった。だが志磨は喋らない。喋らず、そのまま、ふらりふらりと歌い出した。これが本当に最後。越川(Gt)にしがみつきながら、皆へ最後の挨拶をするように一気に歌いあげると、大きくふりかぶってステージに倒れ込んだ。そのまま、弱々しく半身を起こすと、息を引き取るように、最後のフレーズを歌いきり、マイクを投げつけた。
終演後、主役のいないがらんどうとなったステージに響き渡るのはDavid Bowieの「ロックンロールの自殺者」。ライヴハウスを飛び出し、華やかなメジャー・シーンへと進出し、そこから僅か1年。ロックンロールの原点、日本武道館に散った彼らの最後を飾るにはふさわしいナンバーだ。
死を歌うことで、生きるという行為のえげつなさと美しさに気付かせてくれた毛皮のマリーズ。そう、えげつないからこそ、生きることは美しく、えげつないからこそ、愛は美しい。そう歌ってきたバンドは、とうとう、自らの死を持って、それを体現してしまった。どうかこれが、パロディーであればいいのに。だがしかし、マリーズが再びその瞼を開くことはない。
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