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COLUMN

THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十八回】

2021年04月号掲載

THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十八回】

第十八回「卒業」

年末の納会が終わり、年が明けて3学期に入るとだんだんと卒業に向けての準備が始まっていく。卒業アルバムの撮影をしたり、卒業文集に載せる作文を書いたり、クラスごとのページを作成する係を決めたり、まだだいぶ先に思える春の予感よりも、そういった準備の中で小学校生活の終わりを少しずつ実感しながら過ごす日々が増えていった。今でも覚えている、卒業文章に書いた自分の夢はサラリーマンだった。1991年の当時、大流行したドラマ「東京ラブストーリー」の影響を受け、小6にして東京への憧れを強く抱いていた僕は、ドラマに出ている主人公の職業は何なのか5歳上の兄に尋ねた。兄は少し考えて「サラリーマンだな。」と答えた。詳しくはスポーツメーカーの商品企画部か営業といった感じの仕事内容だったと思うが、僕はドラマの主人公と同じ生活がしたくてサラリーマンになりたいと書いた。周りの友達は、車の整備士になりたいとか、病院の先生になりたいとか、お菓子屋になりたいとか、具体的な職業を書いている子が多かったが、自分はだいぶ漠然とした夢を書いていたなと思う。サラリーマンという聞き慣れない言葉に、東京のキラキラした街や1人暮らしの自由な大人の魅力を重ねていたのだと思うけど、その文章を読んだ親や先生はどう思ったのだろうか。なんと現実的な夢だなと思っただろうか。きっと、本当に書きたかった事は"僕の夢は東京に行く事です"だったんだろうなと思う。夢なんだから職業じゃなくてもいいじゃないかなんて、あの頃は思うはずもなかったな。プロサッカー選手が沢山登場するJリーグが生まれるまだ3年くらい前の時代に、将来の夢にサッカー選手になりたいと書いた子は1人もいなかった。あの日の納会が終わってから、部活も参加はして良いものの、自由参加のような今までよりも更に緩い活動になっていた。その時期で覚えているのは、バレンタインデーの日の出来事。仲間のリーダー的な存在だったサッカー部の子が、「今日はサッカーやろうぜ!」と言えばみんな集まって残りサッカーをして、その子が「今日は公園行こうぜ!」となればサッカーはやらずに公園に集まる。相変わらずその子の気分でサッカーをやる、やらないは決まっていたが、バレンタインデーのその日だけは、朝から「今日はサッカーやって帰ろうぜ」と張り切っていた。日が暮れるまで3時間とかボールを蹴っていたと思う。きっとその子なりの考えで、学校に残っていれば、誰か女の子達がチョコレートを渡しに来ると期待していた作戦かもしれない。確かに、学校から1歩外に出てしまえば女子達に居場所を知らせる方法はない。2月の福島は一番寒い時期で、自分はバレンタインのチョコレートよりも早く帰ってこたつで温まりたいと思いながらサッカーをしていた。日が暮れて、ボールも見えなくなってくる頃、ちらほらと女子達が、校庭の隅に集まっているのが見えた。いつもそんなに真剣にサッカーをやるはずもない仲間達は、俺を見てくれと言わんばかりに声を出してボールを追いかけている。自分はキーパーをやりながら、この気合いがあったら去年の試合も勝てたかもな、なんてその光景を見ながらぼんやり思っていた。職員室の窓からから部活の先生が「もう暗くなったから終われー」と叫んだ。みんな、散り散りにランドセルを置いている方へ向かって行く。数人の女子達も少しずつ集まってくる。携帯もLINEもない当時の田舎の小学生達が、どうにか女子と交わる機会を作ろうと校庭に残りサッカーをする作戦は、今思うとなんだか微笑ましい。やはり、リーダーの子の周りには女子が集まっていた。

そして、何にも期待していなかった自分も数人からチョコレートを貰えた。正直嬉しかった。貰えた人貰えない人、なかなか残酷な選別がそこで行われた。挙げ句の果てに、リーダーの子は女子達が帰ったあとに、「みんな何個貰ったか発表しようぜ!」と言い出した。「俺は5個!」真っ先にその子が言った。暗闇の中で自分が貰った数を数えたら7個くらいあった。慌てて何個かポケットに隠して3個だったと答えた。数人に確認してから、リーダーの子は「なんだ、俺が一番かー。」と安心したように笑った。その子とは、家のぎりぎりまで帰り道が一緒なので、ポケットのチョコレートが溶けないか心配だった。家の前で、その子を見送ってからチョコレートをランドセルに詰め込んで家に入った。卒業までの間、後にも先にもみんなでがむしゃらにサッカーをしたのはあれが最後だったかも知れない。中学校に入ると学校の決まりで男子は全員坊主にしなくてはならない。男子のほとんどが坊主頭になる頃、川沿いの桜並木は少しずつ蕾を開かせていた。その花が満開になる頃には、新しい中学校の門をくぐる事になる。その後、壮絶な3年間が待っている事を知る訳もなく、小学生生活は幕を閉じた。
<つづく>

THE BACK HORN

1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2021年5月12日には約4年ぶりの映像作品『KYO-MEI MOVIE TOUR SPECIAL 2020』を発売し、同日より9thアルバム『リヴスコール』を中心に構成するツアーを開催予定。

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