Japanese
パスピエ
Skream! マガジン 2020年03月号掲載
2020.02.16 @昭和女子大学 人見記念講堂
Writer 秦 理絵 Photo by Yosuke Torii
緞帳が上がると、メンバーの後ろにはチェロとヴィオラ、2本のヴァイオリンで編成された弦楽カルテットが並んでいた。成田ハネダ(Key)が弾くのも、いつものキーボードだけではなく、本格的なグランドピアノだ。このライヴに先駆けて事前にメンバーからは"この日だけの特別セットで、今まで見たことのないパスピエを表現しようと思います"というようなコメントが発表されていたが、まさにその予告通りの光景が昭和女子大学 人見記念講堂に広がっていた。パスピエがバンド結成10周年を記念して開催した、一夜限りのワンマン・ライヴ[パスピエ 十周年特別記念公演"EYE(読み:いわい)"]だ。
ステージの中央に立つ大胡田なつき(Vo)が、集まったお客さんを出迎えるように大きく両手を広げ、音源以上にダイナミックに生まれ変わった「あかつき」からライヴが始まった。2017年に当時のドラマーの脱退を経て、"4人編成の新制パスピエ"としての再スタートを切った楽曲。それを10周年ライヴという特別な日の始まりに置いた意味を考えるだけでも、熱いものがこみ上げてくる。サポート・ドラム、佐藤謙介(ex-踊ってばかりの国)が叩き出すキレ味鋭いリズムに、大胡田によるラップのような早口のフレーズが駆け抜けた「始まりはいつも」、パーカッショニストが加わり、グロッケンの音色が艶やかなサウンドと溶け合った「ハレとケ」、複雑に変化するリズムと泳ぐようなメロディが陶酔感を誘う「トリップ」。10年というバンドの歴史を網羅するように新旧織り交ぜた楽曲が次々に披露されたが、どの曲も、この日のための入念な準備を重ねた跡が感じられる一夜限りのアレンジだった。
"なんだか俺らも上手になった気がするよね"(成田)、"すごくいい気持ち"(大胡田)と序盤の演奏を終えたところで、念願のオーケストラ編成のライヴが実現した手応えを嬉しそうに口にするメンバー。ステージに弧を描くように並び、お互いに何度もアイコンタクトを重ねながら演奏する4人はいつも以上に楽しそうだ。エレクトロなシンセの音色とキラキラとした電飾が美しく共鳴した「ネオンと虎」や、三澤勝洸が繰り出すタッピング・ギターが幻想的な空間に溶け合った「DISTANCE」へと、引き続きバンドの10年間を時代から時代へと飛び移るようにライヴは進んでいった。繊細なメロディが際立った中盤、中でも2ndフル・アルバム『幕の内ISM』の収録曲「瞑想」と「あの青と青と青」から、最新アルバム『more humor』の収録曲「resonance」へと繋ぐ流れは美しかった。ニュー・ウェーヴやクラシック、ロック、歌謡曲、現代的なシティ・ポップなど、それぞれの時期にバンドが嗜好する音楽は移り変わってきたが、そのすべてが"パスピエ"というブレない軸で繋がり、地続きであったことを思わせる楽曲たち。そこには実験と発見、革命を繰り返し、決してひとつのジャンルで語ることを許さないパスピエの10年間が凝縮されていた。
"曲を作るときにも、こういう世界を想像して作ったりすることはあるけれど、見てくれる人がいるから、それが実現できました"(成田)、"幸せです"(大胡田)と改めて感謝の言葉を重ねたMCのあと、一度ストリングス隊が捌け、バンドのみの演奏へと移る。もともとの疾走感溢れる曲調を、グルーヴィなアレンジへと変貌させた「チャイナタウン」では、露崎義邦のベース・ラインが奔放に跳ね、スリリングな演奏が交錯する「グラフィティー」では、成田と露崎が向き合い、挑み合うようなプレイでも湧かせた。イントロが鳴った瞬間に大きな歓声が起こった「MATATABISTEP」では大胡田が"いいね!"と顔をほころばせる。曲を重ねるごとにヒートアップしていく会場の熱気が最高潮に達したのは、大胡田が敬愛するブレイクビーツ・ユニット、HIFANAを迎えた「つくり囃子」だった。サンプラー・パッドを駆使して繰り出される摩訶不思議な祭囃子に導かれるように、ターンテーブルの前に踊り出て、ひと際熱いプレイを見せた三澤と露崎。躍動感のあるパスピエのロック・サウンドと、デジタルな音が融合して作り上げた狂騒的なムードは、10周年の祝いと言えど、単なる集大成では終わらせず、常に音楽に新しい快感を求め続けてきたパスピエらしいハイライトだった。
終盤のMCで普段のライヴでは "バンドの決意"だとかを語ることの少ない大胡田が、改まった口調で語り掛けた。"大切なのは言葉を超えて、人と人との関係性の中にあるものだと思っています。これからもそういう音楽を続けていきたいです。......ちょっと10周年っぽいことを言っちゃった"と。最後に照れたように笑ってしまうのが大胡田らしかったが、それは、ツアー・タイトルにも掲げているように、"目と目を合わせて"この10周年という場所を共有することのできたお客さんだからこそ、直接伝えたい想いだったのだろう。そこからクライマックスに向けて、「シネマ」や「正しいままではいられない」といったアップテンポの楽曲を畳み掛けると、再びストリングス隊を迎えて、まさかの初期曲「真夜中のランデブー」を披露。ラスト1曲を残し"今日は楽しかったです。また10年後かな。10年後も会いにきてくれる?"という大胡田の問い掛けに、会場から"イエス"を意味する大きな歓声が沸くと、"好きだよ! 本当に!"と叫んで、最後はパーカッションとHIFANAを交え、この日のゲストをすべて呼び込んだ総勢12名による「ONE」でライヴを締めくくった。
アンコールで再びメンバーがステージに登場すると、大胡田が "よく「人間模様」って言うけれど、それは何かを考えながら書いた曲です"と言い、2月5日に配信リリースされた新曲「まだら」が披露された。成田のピアノが独創的なラインを描く幻想的なミドル・テンポのこの曲には、危うく、混然とした人間のあり方が大胡田らしい筆致で描かれた。そして、「トロイメライ」のあと、静まらないダブル・アンコールに応えて「贅沢ないいわけ」でライヴは終演。ステージ上で自然発生的に巻き起こる自由なセッションが喝采を呼び、言いようのない昂揚感に包まれてライヴは幕を閉じた。
ライヴ中、成田は初のオーケストラ編成のライヴが実現したことに触れて、"夢が叶った"と言っていた。だが、ここでパスピエが完成したわけではない。むしろパスピエが生み出す音楽にはまだまだ無限の可能性があるということを、この日のライヴではどんな言葉よりも雄弁に、彼ら自身が鳴らす音楽をもって伝えてくれたように思う。ここから始まる11年目のパスピエはきっともっと面白い。
[Setlist]
1. あかつき
2. 始まりはいつも
3. ハレとケ
4. 永すぎた春
5. トリップ
6. ネオンと虎
7. DISTANCE
8. 瞑想
9. あの青と青と青
10. resonance
11. チャイナタウン
12. マッカメッカ
13. グラフィティー
14. MATATABISTEP
15. つくり囃子
16. シネマ
17. 正しいままではいられない
18. 真夜中のランデブー
19. ONE
En1. まだら
En2. トロイメライ
Double En. 贅沢ないいわけ
[Member]
パスピエ
大胡田なつき(Vo)
成田ハネダ(Key)
三澤勝洸(Gt)
露崎義邦(Ba)
佐藤謙介(Support Dr)
HIFANA
KEIZOmachine!
ジューシー
室屋光一郎(1st. Violin)
柳原有弥(2nd. Violin)
島岡智子(Viola)
水野由紀(Cello)
斎藤祥子(Per)
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