Japanese
小林柊矢
Skream! マガジン 2023年04月号掲載
2023.03.11 @大手町三井ホール
Writer : 石角 友香 Photographer:WHYTE
小林柊矢が1stフル・アルバム『柊』を携え、フル・バンド形態でのワンマン・ライヴを東京/大阪で開催。ここでは初日の東京の模様をレポートする。冒頭、幼少期に親類の前で歌うホーム・ビデオが投影された時点で結婚披露宴ならぬ、小林柊矢という人間の披露宴のようなイメージが立ち上がったのだが、全編を観終えてあながちその予感は外れていなかったと思う。
映像が終わると同時に小林が歌い始めたのは、ポップな「白いワンピース」。いきなりハンドクラップが起こる。軽快なBPMは続く「かけたてのパーマネント」に繋がっていく。瑞々しい感情が日常的なワードに落とし込まれ、素直なメロディで駆け上がっていく。カントリー・タッチのショート・チューン「ミトメナイ」でちょっと肩の力が抜けた感じだ。前半はクリーン・トーンのギター・リフだけのバッキングが声の透明感と切なさをより響かせる「ありふれたラブソング」で、シンガー 小林柊矢の個性によりダイレクトに対面できた。
"ついにこの日がやってきました"と、嬉しそうに謝辞を述べる小林。声出しOKなタイミングになったことも嬉しいようで、"恥ずかしがらずに殻を破れば子供に戻れるんじゃないですか?"と、彼ならではの煽り(!?)を入れる。次ぐブロックは、1stフル・アルバムの中でも素朴な関係のふたりの変化が感じられる曲順通りに「スペシャル」からの3曲を続ける。彼の弾くアコギとピアノのみの始まりがシンプルさを際立たせる「スペシャル」。ドラムもブラシで穏やかなアンサンブルが作られ、コーラスも陽だまりのような暖かさを生んでいる。それがいきなり深く息を吸い込んで歌い出す「君のいない初めての冬」では声に切な苦しい要素が混じり、ファルセットではさらに会いたいけれど会えない苦しさが滲んでいく。続く「矛盾」ではヴォーカルに専念。嗅覚という消せない記憶に苦しさが蘇ることは誰にもあるだろう普遍的な事実だが、これを歌の重要な部分に据えた彼の直感に唸る。最初のブロックが無邪気なまでの恋愛初期衝動だとしたら、じっくり歌い上げたこのブロックは離れてしまって気づく成長過程と言えそうだ。
ブロックごとに演出を変えていくステージ。次は映像をメインに据え、バンドでの演奏以外に同期も用いた楽曲を披露していく。マイナーの歌謡曲っぽいメロディやアレンジを持つ「名残熱」ではストリングスのSEがアレンジに欠かせないものだとライヴで理解できた。続けてマイナー・チューンだが、このライヴやアルバム『柊』の軸でもある"愛"とは何か? を小林の視点で描いた「愛がなきゃ」が力強い歌声で響く。歌詞もワンセンテンスごとに投影されながら、サビのメロディの中でもフックになっている"僕ら"が大きく投影されることによって、印象がさらに強まる。J-POPはもとより、昔から受け継がれてきた古今東西のポップスの強いメロディに心拍が上がる。"愛して愛されて生きている"ことを共有したうえで、「死ぬまで君を知ろう」に接続したのは小林の生き方の表明に思えた。海沿いの道からの景色や海、空に浮かぶふたつの雲の映像などが大きなメロディとリンクして、ロング・トーンも力を増していったように感じた。
シンプルなセットだが、小林の人間性を全方位で見せることに尽力した工夫が窺えたのは、スケールの大きな映像を背負ったブロックから一転、弾き語りのコーナーだった。"この曲は人生で初めてピアノで作った曲です"と説明し、「茶色のセーター」を届けた。女性目線で冷めてしまった気持ちと、でも別れられない気持ちの相克を歌うこの曲が、弾き語りという自分の呼吸次第で揺らぐ表現で、よりヴィヴィッドに伝わる。センターに戻りアコギの弾き語りで聴かせた「小田急線」は男性目線で、日常でありながらも自分の知らない世界に移動する彼女を遠くに感じる少しの断絶、「ドライヤー」では恋に恋をしているような幼い恋の痛み、そうした、まだ何も持たざる世代ゆえのリアリティが弾き語りというパーソナルな手法であぶり出されていた。シンガー・ソングライター 小林柊矢の最も弱くて柔らかい部分、ひいては信用できる部分に焦点が当たった、今回のライヴで欠かせないブロックだったのではないだろうか。
ラヴ・ソングが続いたセットリストの流れから、自分にとって大事な人や節目の出来事を歌った曲へとニュアンスが変化していくのもよく練られた構成。"この街を離れても頑張るよ"と思って作った曲だと、母への感謝というありきたりな言葉で言い表したくないような「ふたつの影」の歌詞のひとつひとつの情景が浮かぶ。さらに小林とリスナーの関係を表現したという「惑星」では彼の表現に対する素直さと、それを突き通すことのできる強さを実感。苦しみや悲しみは不可避だけど、自分の音楽をそばに置いてほしいと心の底から願う人の覚悟を見た思いだ。心揺さぶられたあとは観客に立ち上がることを促し、ハンドクラップしながら「冒険家たち」へ。メンバー紹介も挟みながら、ここにいる誰もが"希望を見つける天才発明家"だとお互いに歌い合う形になった。
"柊矢サイコー!"と男性ファンの声が上がると"嬉しいよー"と返事する小林。"昨日まで怖かったんですよ、みんな声出してくれるかなって"という告白から、自分の弱いところを話しておきたいと言う。いわく、カバー動画で人気を博したものの、自分の曲は聴いてもらえないのかと、動画を下げるとSNSのフォロワーが減り不安になったという。それを乗り越えてオリジナルでメジャー・デビューしてからも数字からは逃れられないことを自覚。それでもたくさんの人の愛で一歩一歩進んでいると現状を報告してくれた。そんな不安もそのまま歌った「私なりの」への理解が深まったのは確かだ。そしてストレートなロック・チューン「プレイボール」での野球少年だった頃の情景と、努力して諦めた者にしか見えない次の景色が胸に迫ったのだった。小林柊矢という人間を構成している様々な愛の要素を丁寧に紡いできた本編のラストは、彼の今の行動原理と言えそうな「あの人のため」。地声の低いパートから、どこまでも伸びていくキーまで、身体全部で歌い、間奏ではその楽しさが破顔に満ち溢れていた。この時代に狭いカテゴリーに収まることなく、日本語がわかるなら、いや、この声が届くならどんな人の心も震わせたい――それを王道と呼ぶのなら、小林柊矢はそれを目指しているのだと完全に理解した。
本編を無事に終了し、さらに伸びやかに歌えていると感じたアンコール1曲目の「レンズ」、そしてMVにも登場したキッズ・ダンサーも交えた「笑おう」での大団円。子供たちの表情、そして観客の声やマスク越しの笑顔。それらを大きな力に変換して、続くライヴや新曲に反映していってくれることを確信した。
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