Japanese
ビッケブランカ
ビッケブランカのニューEP『Worldfly』は、今年の春から夏にかけて行ったヨーロッパ(フランス"Japan Expo Paris 2023"、イタリア"Riminicomix 2023")や中東(サウジアラビア"Jeddah Events Calendar 2023 - Anime Village at City Walk"、"Gamers8 Cosplay Cup Supported by WCS")でのライヴの経験、新たな文化に触れ過ごした日々がインスピレーションになっている。交わした会話、目に映るもの、その土地の空気や温度、肌で感じるものを素直に曲やサウンドに起こし、またビッケブランカらしいユーモアやシニカルなひと匙を交えたポップスは、かと言って肩に力が入ったものでなく、リスナーをすっとその地に連れ立っていく軽やかさを纏っている。音楽を通していろんな体験や思考の旅に出る、ポップ・ミュージックの幸福感で溢れた1枚だ。曲へと導いた海外でのライヴや、その地で過ごしたことも訊きながら、各曲について語ってもらった。
-今年春から夏にかけて行った"Vicke Blanka LIVE HOUSE TOUR 2023"のMCでも、ヨーロッパやサウジアラビアで行ったライヴの土産話をしていました。海外でのライヴ経験や新たな文化に触れたことが創作欲にもなったようで今回のEPが完成しましたが、EPの制作としてはいつ頃からスタートしたのでしょうか。
「Bitter」に関しては、映画主題歌ということもあったので制作は早かったですね。なので最初にできたのが「Bitter」で、フランスでのフェス出演の前くらいに「Snake」ができてきて、海外でのライヴを終えてから「Luca」、「Sad In Saudi Arabia」、「Worldfly」という順番でできていった感じでしたね。
-「Snake」は日本で作ったものだったんですね。フランスに行って、さらに加わった感じやアレンジというのは?
MVが撮影できるくらいのデモを仕上げてからパリに行って、日本に帰ってきてさらにアレンジを仕上げたという感じなんですけど、パリはきれいなところと汚いところの共存という特徴があると思っているから、その煌びやかさと危なさみたいなものはテーマになりました。サビ前のちょっとふざけている部分とか、後半の間奏部分だけEDMっぽくするとか、そういうバランス感というのはもともとあって。音のチョイスとかは、全体的にソリッドな感じになったなと思います。あとはピッチダウンした声が多用されていて。普通に歌ったもののピッチを下げると太い、気持ちの悪い声になるんですけど、そういうのをやってみたりとか、いろいろ実験的ではあった気がしますね。
-「Snake」はサウンドもそうですが、この歌詞の裏にいろんなストーリーが潜められていそうですね。
そうですね、もともとは"ピックポケット"──スリっていう仮タイトルだったんです。そのテーマにプラスしてどんどん肉づけしていって。
-そのスリっていうのは、自分の体験でもあるんですか。
いや、実際に遭ったことはないんですけど、パリってスリがたくさんいる印象だったんです。でも今、パリは来年のオリンピックの開催に向けて治安を良くしようというのがあって街が警官だらけで。現地の人も、今スリはいないって言ってましたね。もともとのスリというところから、何かを盗る、奪っていくということでジゴロっていうのもテーマでありましたね。その魅力で奪うというか。実際にパリに行ってみて、街並みを見て、ライヴもやって、5~6日くらい滞在して馴染んでいくなかでできあがってきたマインドでできたっていう曲でしたね。
-海外に行ったときは、その土地の文化や人間もそうですけど、現地の音楽にも触れようというのはあるんですか。
現地の音楽も聴こうとは思うんですけど、結局世界ヒットしている曲しか流れないんですよね。現地の音楽とかもあまりなかったし、現地の音楽を吸収するっていうのはちょっと短絡的かなとも思うので。現地の音楽は、日本にいてもサブスクでフランスで聴かれている音楽はいくらでも聴けるから。人間を見たい、人間性を表現していくというのがテーマとしてはありましたね。
-こうして曲ができるということは、ヨーロッパでのライヴ、滞在はかなり楽しめたという感じなんですね。
どこに行っても最高に楽しかったですね。ライヴ自体もそうですし、イタリアとフランスはスケジュールが大変だったので風邪ひいて熱出しながらやっていたんですけど、だとしても楽しかったかな。サウジアラビアとかも超楽しいし。
-「Sad In Saudi Arabia」はサウジアラビアでのことがもととなった曲ですが、サウジアラビアにライヴで足を運ぶっていうのは珍しいところですよね。ライヴのMCで、まだお客さんが奥ゆかしいところがあるっていう話をしていましたが、実際国としてはどういう感じでしたか。
みんなクールに観劇する、みたいな感じでライヴを観ているという感じでしたね。で、終わったらスタンディング・オベーションっていう。宝塚みたいな見方で(笑)。面白いんですよね。
-日本や海外のポップスに触れるというのもそうですが、まさに今、文化的に開けてきているところなんですかね。
めちゃくちゃ開けてきてます。昔は絶対に顔を隠さないといけなかったけど、今は普通に出しているし。今の王子(ムハンマド皇太子)に変わってから劇的に変化しているようで。劇的に国が変わるってすごいことじゃないですか、しかもあれだけお金を持っている国が。スターだなと思いましたね、ムハンマドは。とんでもないビルが建っていて、とんでもない音楽スタジオがあるんですけど、それもムハンマドがお金をかけて作ったもので。そこにアジア人で初めて入ったんですよ。何部屋ある? っていうくらい大きなスタジオで、しかも全部屋に最高の機器があるみたいな。だけど、それを使えるエンジニアがサウジアラビアにはいないんですね。
-まだ人材ということでは育っていないというか。
そう(笑)。国が前に行っちゃってる感じらしくて。石油はいずれ枯れるというのを思っているようで、エンターテイメントの国にならなきゃっていう、本気でサウジアラビアで世界を引っ張ろうとしているから。その心意気はかっこいいですよね。
-そのスタジオでは何かレコーディングなどもしてきたんですか。
スタジオ自体はまだ稼働はしてなくて建設途中だったので、できあがった部屋だけ見せてもらって。いずれここでレコーディングしようという約束をしてきたという感じですね。そういうときにただ日本のミュージシャンが来たじゃなくて、「Black Rover」(TVアニメ"ブラッククローバー"第3クール・オープニング・テーマ/2018年リリースのメジャー1stシングル『ウララ』収録)と「Black Catcher」(TVアニメ"ブラッククローバー"第10クール・オープニング・テーマ/2020年リリースの配信限定シングル)を歌っているビッケブランカが来たっていう扱いになるので。海外ではすごくスムーズになりましたね。こちらがやりたいことも言いやすいし、向こうの扱い方にしても、ビッケブランカがそのスタジオでやったということを言ってほしいし、俺も言いたいしという。お互いにニーズが合っているので、すごくやりやすいんですよね。
-楽しみです。そしてそういう体験から完成したのが「Sad In Saudi Arabia」ですが、中東っぽい旋律が混じっていたり、異国の哀愁感も漂う曲になりましたね。
これはめちゃくちゃサウジの空気感を出せてるなと思います。日本からあまりにも遠いから、若干感じる孤独感もあったりして。とんでもない建物がいっぱい建つけど、下を見たら埃だらけの車があって、みんな歩き回っているという解離感、違和感みたいなものもあったり。あとはとにかく熱波が凄まじくて、暑いしっていう。
-そのどこか感じる違和感や切なさから、かろうじて生きてるというニュアンスの歌詞が出てくるんですね。これは日本にいたら感じられない感覚ですかね。
うん、書けないですね。
-音的に何かこだわった部分はありましたか。
特にサウジの楽器とかは入っていないんですけど、ドロップ部分、歌が終わったときに上に行かずに、ずっとローな感じで、内なる可能性や内なる炎、爆発寸前の感じというか、燃え上がる直前みたいな雰囲気を出していて。それはサウジに行って思ったことでしたね。
-また一転して、「Luca」はとてもリラックスした空気感のある、チルな雰囲気が心地よい曲です。イタリア シチリア島での思い出が詰まったという曲ですが、現地の人と交わす何気ない会話があって、たくさんの名前が出てきますね。
そうですね。かといって、海外に行っていろんな人にフランクに話し掛けて友達を作るのが旅の醍醐味、とかじゃないんですよね。この曲で歌っているのは、イタリアで一緒にMVを撮ったバンド(BLINDING SUNRISE)のメンバーなんです。
-特にValeri(Valerio Macca/Dr)の台詞はカギカッコ付きで、強調されているのは?
これはValeriとVinzenzo(スタッフ)でどっちの英語がうまいかってバトルをしていたときに、Valeriが本当に言っていたことで、すごく印象的だったんですよね。MVの撮影のあと、みんなで屋外で安いワインを飲んだり、まずいチキン食いながらワイワイしていて。でも彼らはうまいとかまずいとかどうでもいいんですよ、みんなと酒が飲めればいいっていう感じで。メンバーはみんな昔からの幼馴染なんですけど、どっちが英語がうまいかってやり始めて、どっちが良かった? って聞くから、俺がValeriの勝ちだって言ったら、Vinzenzoが"そんなのはありえない、絶対俺だ!"って。それに対してValeriが"落ち着け"と。"勝者も敗者もないだろう、俺たちは兄弟だ"っていう感じで終わったのが印象的だったんですよね。
-そういう背景があったんですね。
そう。その間Matteo(Matteo Lorefice/Gt)はずーっとジョークばっかり言ってるし。Luca(Luca Pace/Gt)がたぶん一番ビッケブランカのことを好きで、一番緊張してて、気を使ってくれていて。だけど一番笑って、頑張ってもてなそうとしてくれていて。それもあってタイトルは"Luca"にしたんですけど、でもみんなめっちゃいいやつで。
-Lucaさんは、まさに「Black Rover」でビッケブランカを知ってくれたという感じですかね。
「Black Rover」ですね。彼らが「Black Rover」のコピーをYouTubeに上げていて、それが異常に回ったんですよね、500万回再生とかで。それを知っていたので、せっかくならイタリアに行って現地の人とも絡みたいから、ってことで白羽の矢が立ったということなんです。
-向こうにしてもびっくりじゃないですか。そういうローカルのバンドがコピーした映像を観て、いきなり本人登場で一緒にMVを撮ろうって言ってくるなんて。
めちゃくちゃびっくりしてましたね。MV撮影で1日中セッションをやって。古い劇場で撮っていて、僕はそこの埃でアレルギーが出て身体中蕁麻疹が出ちゃったというのはあったんですけど(笑)。彼らはシチリアで生まれ育った幼馴染なんですが、きっとその地元で、最後まで一緒にいるやつらなんですよね。それって捉え方からしたら、もっと広い世界を見たら? とか夢を持って、とかいう言い方もできるかもしれないけど、その必要がないんですよね、彼らは。ここに最高峰の幸せがあるから。なんのために夢を見るのかっていうことなんです。日本人的な感覚──身を粉にして頑張って働くことが美徳で、それが褒められる文化でというのがないんですよね。なんのために必死で働いているかって言ったら、日本人としてはその先に幸せがあると思っているからなんですけど、彼らはその幸せに向かってないんですよね。仲間と共にいること、思い合うこと、このシチリアの島を愛することが幸せで。
-それが、土地に根づいている考え方なんですかね。
そうですね、ちょっと沖縄とかとも近い感じですかね。そこで十分幸せになれちゃうから。だから何も苦に思ってない感じなんです。もちろん月曜から金曜まで働いて、土日にみんなで遊んでいたりするのは同じなんだけど、誰もそこでやけ酒を飲まないっていうか。ストレス発散の週末や土日じゃないんです。だから曲を作るときも、ああでもないこうでもないとか、アレンジがどうでとか、メロディがこうでって考えることがもうシチリアっぽくないので(笑)、ドラムとベースとピアノだけで十分だし、Bメロはメロディはいらないし、メロディを一生懸命考えて頑張って歌うのはちょっと違うなという。それがいい緩さにも繋がっていると思うし。でもいい曲しか作りたくないから、ある程度自分の才能は使うみたいなバランスがあるかもしれないですね。
-そうですね。ラフに語ったり、歌ってはいるんだけど、ビッケブランカらしいドラマチックでグッとくる展開もある。そのバランス感は新鮮でした。まさか曲の背景に、そういうリアルな物語があったとは思わなかったですけど。
"Oh Sicilia!"っていうのをふざけて言ったらめっちゃ良くて、そのまま使ってますしね。面白かったですね。
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