Japanese
鎌野 愛
2022年12月号掲載
声を楽器やサンプル音源のように多重録音するアカデミックな作風だった1stアルバム『muonk』から約4年。この間、所属していたハイスイノナサをはじめ、TK from 凛として時雨、THE NOVEMBERS、österreichやsora tob sakanaのライヴ・サポートなどを経て、このたび、初めて歌詞が明確に存在する作品である2ndアルバム『HUMAN』をリリース。ミュージシャンには高橋國光(österreich)、三島想平(cinema staff)、ちゃんMARI(ゲスの極み乙女)、GOTO(DALLJUB STEP CLUB/礼賛 etc.)、須原 杏ら多彩な背景を持つ面々が参加している。実験性と生身の人間によるアンサンブルが共存し、何より人間 鎌野 愛の全貌が窺える意欲作だ。
歌い手として致命的なんですけど、自分の地声が好きじゃなくて――歌に関しては一生悩んでるし、考えていくと思いますね
-今回、鎌野さんが言葉のある音楽、つまり歌を歌っていらっしゃるのはこれまでのキャリアの中での変化だと思うんですが、何がきっかけだったんでしょうか。
ハイスイノナサをやっていたときにも少しは歌詞がありました。2016年2月の脱退後に声の可能性をもっと追求したいということで、1stアルバム(2019年リリースの『muonk』)を作ったので、むしろそのときは歌詞が邪魔って思うぐらい、いらないものだと考えていて。そのほうが声だけでできる表現をもっと純度高く表現できるんじゃないかなと思って、ほぼ歌詞を入れないものを目指したんです。1stを作って、自分の中で声を追求するっていうことに関してはわりと満足した部分があって。音程をわざと外すとか、サンプラーに自分の声をアサインして鍵盤で弾いてみるとか、そういう組み合わせの妙をやったんですけど、そこから2年ぐらい経って、いろんな方のサポート、TK(TK from 凛として時雨)さんから広まってTHE NOVEMBERSだったり、以前からやってたösterreichだったり、sora tob sakanaというアイドルのライヴに参加させていただいて。その経験から歌詞とメロディの強いものに対しての憧れがすごく出てきてしまったんです。例えばTHE NOVEMBERSはシンプルな曲構成だと思うのにあんなに強いものを出せることに憧れを持ったり、逆にösterreichだとすごく複雑でめちゃくちゃ変拍子だったりするんですけど、ピアノと歌とギターだけの小編成でösterreichをやってるときに歌モノとしていい曲になるんですよね。それで私の中で憧れが大きく膨らんできてしまって、難しいこととか実験的なことをするのも好きなんですけど、今の私にとってより難しいことはこっちだなと思って。それからしっかり歌詞のある曲を書こうってなりました。完全にポップスに寄るのは違うと思ったので、これまでの自分の色と"人に直接的に伝わる歌とメロディ"ということのバランスを考えて作りました。
-たしかにTKさんもTHE NOVEMBERSにしても、ストレートにわかる言葉を書いてるわけではなく、全体のサウンドがあって成り立つ歌詞を書いていると思いますね。
そうですね。刺激はかなり受けたと思います。
-それ以外にも、今の八ヶ岳での暮らしや環境の、鎌野さんの音楽への影響は大きいですか?
まず、みなさんの思ってる八ヶ岳のイメージが、自然のイメージっていうか、"丁寧な暮らし"とかかわかんないんですけど(笑)、穏やかになりそうなイメージがあると思うんです。だけど、私の場合は逆に自分に対して厳しくなるというか、ちょっと鋭くなったというか。いい気候のときは本当に過ごしやすいんですけど、まず冬がだいたい10月の半ばから4月の半ばまで半年あって。私は香川出身なので、寒いのが結構つらいんです(笑)。
-全然違う気候ですね。
そうなんです。こっちの素晴らしいところはいっぱいあるんですけど、それと同じぐらい厳しい環境もあって。東京のマンションで暮らしてるとやっぱりメンテナンスを誰かがやってくれてるんだなって実感できるぐらい日々事件がおきます。例えばこっちで自分たちで家を持つとキツツキに壁に穴を開けられるとか(笑)。
-野生ですね。
自然からストレスを受けることも結構あって。だから2ndで柔らかい音楽になるかなと思いきや全然ならなかったっていう(笑)。それと私東京も結構好きで、東京が嫌いで移住したわけでは決してないんです。最初は2拠点みたいな感じで考えてたんですけど、結局こっちで生活することが多くなったんですね。例えば東京で良かったところって、ちょっと気分が落ちたときにすぐひとりで飲み屋さんに行けるとか(笑)、そういうのがあると思うんですけど、こっちには本当にお店がないので、ちょっと気分が落ちたときに"何しよう?"みたいな。料理をするとか、ひとりでできることになるので、その面では自分との戦いというか、必然的に自分と向き合うことになるんですね。私は人とコミュニケーションを取るのが結構好きだったみたいで、友達と会ったり飲みに行ったりしてたんですけど、それがすぐできる環境じゃなくなったので、自分で自分の心をコントロールしていくことをかなり考えさせられたっていうか、逃げ道がないっていうか(笑)。
-環境の影響も大きかったと。今作には一緒に活動されてこられたミュージシャンもいらっしゃいますし、最近鎌野さんがソロ以外の活動をご一緒していらっしゃるGOTO(DALLJUB STEP CLUB/礼賛 etc./Dr)さん、あとはちゃんMARI(ゲスの極み乙女/Key)さんも参加されていますね。
ちゃんMARIは以前からの友達で。私が今妊娠していて、つわりがひどいなかずっとレコーディングしてたんですけど、ちゃんMARIが八ヶ岳の家に遊びに来たときに"このピアノ弾いてあげるよ!"みたいな感じで言ってくれて(笑)。その場でマイク立ててレコーディングしてくれて、かっこ良く帰ってったっていうエピソードがあります。
-いわゆるバンド界隈の方の中だと鎌野さんには近いんじゃないですかね?
当時、ライヴハウスでやってたときは接触がなくて。少し世代が違ったのもあって対バンとかはなかったんですけど、後々こういうふうに仲良くなって、音楽への向き合い方が近い部分もあるなと勝手に感じています(笑)。
-ではどの楽曲も被る部分がないので1曲ずつおうかがいしていきたいと思います。1曲目の「霧と砂」。これはミニマル・ミュージック的な部分もありますが、どんなインスピレーションからできた曲でしょうか。
この曲はもともと1stを作ってるときぐらいからネタはあったので、全体の中で一番ハイスイノナサに近い感じの曲に仕上がっていると思うんです。その頃のネタを1個使った曲ではあるんですが、後半でしっかりメロディや歌詞を入れようとか、1stから2ndへの架け橋みたいになるといいなと思って作ったんで、そのあたりのバランスがすごくうまく取れたなと思います。
-歌が聴こえてくるってところで始まりだなという感じがしますね。
あと途中で佐藤 航君にピアノ・ソロを弾いてもらったんですけど、かっちりしたピアノだけじゃなくてちょっと有機的なもの、人間的なものも入れたいと思って。彼のルーツはジャズなので、そういう意図で何回か弾いてもらったのを取り入れてみたり。
-そして次の「解憶」はインスタレーションを経験するような曲だなと思いました。
そう言っていただいて嬉しいです。今回のアルバムの中で一番古い、1stから2ndへの間で作った曲で。2年前ぐらいから1stの感じを残しつつ、ちゃんと歌詞を入れたいっていう意思がもうあって。1stの「浮遊する都市」っていう曲があるんですけど、その曲でMVを作りたいという企画があったんです。その企画の際に既存の曲じゃなくてせっかくなら新曲を作ろう! となって「解憶」ができました。だから「浮遊する都市」は超えたいっていうのが自分の中であって。じゃあ超えるために何ができるかな? と考えている時期に、ちょうど家にアップライト・ピアノを導入したんですね。「浮遊する都市」ではピアノは生ではなかったので、生のピアノを主体としてアップデートすることにしました。最初に生で弾いたピアノのフレーズができて、そこからもう湧いて出るような感じで曲を作った思い出もありますね。このピアノとの出会いから生音の美しさとかアナログ楽器の美しさをアルバム通して全面に打ち出したいなと考えるようになりました。
-そして先ほど鎌野さんがおっしゃっていた、生音であったりバンド・サウンドであったりっていう部分がかなり突出して出ているのが、「螺旋の塔」かなと思いました。
そうですね。最初にヴァイオリンのあの印象的なリフができたんですけど、"アレンジどうしよう?"ってなって、3、4パターン全然違うジャンルで作ったんですよ。アンビエント・バージョンやエレクトロニカ・バージョンまで試してみましたがちょっとしっくりこなくて。どうやってこのリフを生かそう? と思ってたところで、アニソンのような方向はどうだろうと考えました。
-たしかに"東京喰種トーキョーグール"など、ソリッドなアニメをイメージすると落としどころが見えてきそうですね。
はい、そんな落としどころに向かって制作を進めていたのですが、わりと最後のほうに作っていた曲なので、このアルバムに入れたら浮かないかな? と思っていたのですが、ちゃんと馴染んだし、結構気に入ったアレンジになって。アレンジが終わって演奏を録音する段階になって誰に依頼するか考えているときに、頼みたい人の顔がすっと浮かんできました。ベース弾いてもらうなら三島想平(cinema staff)君が合うよなぁとか、ドラムは絶対ごっちゃん(GOTO)に叩いてほしいとか。そうやってメンバーは決まって土台になるものを渡したら、みんな少し個性を入れて返してくれるのがまた良くて(笑)。崩しすぎず、ごっちゃんの良さ、三島君の良さっていうのをちゃんと入れて返してきてくれたので、楽曲のクオリティがどんどん高まっていったんです。あと、私の中のアニソンのイメージ像を取り入れたことによって、歌詞も直接的なものが入れられて、他の曲よりもちょっと人の内面に寄ったような感じ、主人公がいるような歌詞が書けたなっていうところはありますね。これ言うとちょっとあれなんですけど、自分の声がずっと好きじゃないんです。好きじゃなかったというか。
-そうなんですか?
歌い手として致命的なんですけど、自分の地声がずっと好きじゃなくて。それは歌詞にも出ていて、「螺旋の塔」の1サビの部分なんですが"例え望んでいた姿や声じゃなくても"って、普通に言っちゃってます。別に公に"自分の声が嫌いです"とか言ってはないんですけど。これは曲に引っ張られて言葉が出てきた感じがあって、今までの私だったら恥ずかしかったんですよ。直接的な言葉がとても苦手で。だけどこの曲がアニソン的方向でやるならそこまで言ってしまっていいだろうっていう、ちょっと曝け出せた曲でもありますね。
-声を楽器のように使う鎌野さんのスタイルでは別に自分の声が好き嫌いじゃなくて、客観的に見て編集できるっていう感じなんですか?
それはあると思いますね。自分の声を生かしたいなぁと思ったときに、楽器っぽく表現することが一番合ってるなって思っていたのですが、サポートをやるようになったり、österreichに関しては歌モノ曲のメイン・ヴォーカルを担当することになったりして、結構葛藤があって。"どうやってポップスとしての歌の表現をしていけばいいんだろう?"とすごく悩んだ時期もありましたし。もともと高校時代はJ-POPを聴いてたし、日本語の歌詞でエモく歌ってる感じが好きではあったんですけど、自分の声には合わないってずっと思っていて。いろいろ声のことを考えているうちに楽器っぽくとか、声でできる表現の仕方を追求してきたんですが、ついにメイン・ヴォーカルという役割に向き合わなきゃいけないときが来たんだと感じました。
-それはこういう曲の着想が合ったからですか? それともこんなことをやってみたかった自分に気づかれたんでしょうか?
私がやってみたかったんだと思います。自分のライヴでも"楽器としての声"に徹しているよりも、メインで歌うことのほうが気持ちいいと思いますし、直接的に歌の言葉で伝えるっていうのに憧れがあったし、やりたかったんだと。
-そしてこの曲では須原(杏)さんのヴァイオリンが悲鳴みたいな力を発揮してますね。
そうですね(笑)。杏ちゃんからはライヴでは弾けないかもしれないというキワキワの難しさで、今年一難しいレコーディングだったというふうに言われましたね。たぶん弾けるんですけど(笑)。
-行けるとこまで行こうみたいなエンディングですもんね。
杏ちゃんにはいろんな曲のレコーディングをお願いしてるんですけど、その曲に合ったヴァイオリンを返してくれるので、これが戻ってきたときもかなりテンションが上がりました。みんながどんどん盛り上げてくれたっていうか、間奏のヴァイオリン・ソロ・パートも私がこういうフレーズでお願いしますって言ったものに対して、杏ちゃんが3パターンぐらいアドリブでくれたのが、どれもめちゃくちゃ良くて"こっち採用!"みたいな感じになって。みんなが楽しんでレコーディングしてくれた感じも伝わってきました。
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