Japanese
鎌野 愛
2022年12月号掲載
-次の「ゴーストスキャン」はふたつの歌詞が並行しますが、そのアイディアはどこから出てきたんでしょう。
別にネタにしたものはなかったと思うんですよね。だけどこれが成り立てば、左右から違うのが鳴ってて、人々の脳をちょっと揺らせるというか、ちょっと狂わせれるかなっていう実験をやってみた感じで(笑)。楽曲として破綻するようならやめようと思ったんですけど、"あ、なんか大丈夫だし、私の中でちょうどいい気持ち悪さになった!"って思って、それで採用しました。そしてそのふたつの歌詞の裏にさらに数字をカウントするヴォイスを入れているんです。それも結構実験的で、"1、2、3、4"のヴォイスと"1、2、3、1、2"などのヴォイスが並行することでどんどんずれていくのですが、それがさらに異質さに拍車を掛けるようにしています。この曲はすごくに気に入っていますし、個人的にはこのアルバムの中で一番のキーとなる曲でもあります。
-そして「ライナー・マリア」はösterreichの高橋(國光)さんの作詞曲で、この楽曲がある種、歌詞のある曲のきっかけになったというふうにライナーに書かれているんですけれども。
これ、実は1stアルバムのリリース・ライヴのときに初めてやったんです。しかもギターで。私、ギターは一切弾けないんですけど、歌モノと言えばギター弾き語りかな? と思って(笑)。ピアノでコードを作るのとギターでコードを作るのでは全然違う雰囲気の曲ができるんだっていうのは常々感じていたので、弾けないながらもギターでコード進行を作ってみたり、弾き語りっぽい曲を1回作ってみようという感じで。弾けない楽器に挑戦して、新しいアイディアを引き出そうと考えた部分もあります。ただそのときは、歌詞は書けないなって思っていたので、國光君に歌詞を依頼したら、すごくいい歌詞を頂いたんですよ。なので、そこからさらにメロディやコードとかを変化させていって完成した曲なんです。
-まさに今回のきっかけですね。
そうなんです。ただそこから音源にすることもなく2年以上空いちゃって。その間にösterreichのサポートをずっとやっていたので、その影響もあってこの曲はバンド・アレンジでも合うのではないかな? と思い立ちました。それで自分でドラムとベースとヴァイオリンとピアノを足してみたんです。で、これも各演奏メンバーに投げたところ、ものすごく良くなって返ってきたのと、國光君のギターがやっぱりポスト・ロック感がある感じで戻ってきたので、オルタナティヴ色が色濃く出たアレンジに仕上がりました。
-そしてアルバムの中で異彩を放つことになった「緑さす」ですが、これは気持ちいいですね。
ありがとうございます。私が気持ち良くなりたかったんです。その前に「贄の賛歌」とか、暗めの曲を作っていて、自分のメンタルがしんどい! ってなってしまって、1回自分で自分をメンテナンスしたかったんだと思います。作業中や車の運転中など日常のどんなシーンでも聴いていて心地いいものを作ろうとした曲ですね。
-癒しもまた音楽を作ることで得るっていう、それがさっきおっしゃっていた逃げ場のなさかもしれないですよね。
それはあるかもしれないですね。今おっしゃっていただいて気づいたかもしれない。自分の癒しを作るっていう。
-鎌野さんのピアノと須原さんのヴァイオリンとヴィオラがほんと光みたいですね。
ありがとうございます、これは八ヶ岳のいい部分が出ているのかも知れないですね。今も紅葉がきれいで。新緑の季節もめちゃくちゃきれいなんですけど、そういう癒される風景を見てそのままそれが音になった。その揺れてる光とか木漏れ日とか、そういうのを感じてそのまま曲になった唯一の楽曲です(笑)。
-身近にそこに接してる人じゃないとこの解像度にはならないんじゃないかっていう。
実際に住んでるからっていうのがこれに関してはあるかもしれないです。うちの庭がほぼ森みたいな庭で、いろんな動物も現れますし、1年を通しての季節の移ろいや、匂い、実際に土や木に触ったりなどが日常にあることで、より解像度が高い感じでイメージを落とし込めたかなと思います。
-このアルバムの多彩さの理由がだんだんわかってきた感じなんですけど、「緑さす」の次は「POPCORN feat. 庫太郎」で、これは"状態"って感じですよね、何か跳ねてるという(笑)。
(笑)そうですね、特に込めた感情はなくて、音遊びしている感じです。ちなみに"POPCORN"って名前は最後の最後に付けたんです。こういう曲に"POPCORN"っていいなって思って。
-庫太郎(馬場庫太郎)さんとどんなことだけ決めて録ったんですか?
それがなんにも決めてなくて。"庫太郎君、ギターお願い"って言っただけなんです。最初1分半ぐらいのピアノと声だけでできたデモを送ったら、私の想像の斜め上のギターが返ってきて。で、めちゃくちゃ私のテンションが上がって、それに合わせて仕上げていきました。"こういう曲作ろうね"って本当に一切決めごともしてないですし、なんなら打ち合わせすらしていないんですよ(笑)。
-映像が浮かぶっていうか、日常的なものが勝手に動いてるとか、それこそ夜中スタジオで勝手に機材が動いている様子を想像してしまいました。
機材が勝手に動いてたり、最近うちにソフビ(アート・トイ)がいっぱいあるんですけど、そういうのが勝手に動いて会話してたりなんて想像は結構してるので、それがもしかしたら自然に出てきちゃってたのかもしれないです(笑)。
-「緑さす」と「POPCORN」は気持ちいいと楽しいコーナーでした。
(笑)もうずっと暗いとあれなんで、ちょっとみなさんにも休憩タイムを(笑)。
-暗いっていうか、「贄の賛歌」は自然のサイクルというか。人間の尺度だと死ぬと悲しいとかになりますけど、そういうのを超えるタイム感かなと。
それもあるかもしれないですね。
-大変だったんですよね、作ってるときは。
そうなんですよ。八ヶ岳って、夜の暗さが尋常じゃないというか、街灯ひとつないので、本当に暗闇で。なので夜になると動物の気配もたくさん感じます。庭に鹿などがいることも多いので、昼は人間の世界だったのが、夜になるとたちまち動物や自然の世界になっちゃうんです。だから私たちはこの家の中だけ"大自然から間借りして生活させていただいてる"ぐらいの気持ちになってしまうんです。あとうちの家の庭に直径6メートルくらいの巨石があるんですけど、おそらくものすごく昔からある岩なんですね。それこそ八ヶ岳が噴火したとかそういうときのものといった感じで。そういう本当に長い時の流れを感じるものや、"大自然からの間借り生活"が身近にあることで人間が一生を終えるっていうところでは終えられない、何かもっと大きな自然が動いている様子が描けたのかなって思います。
-歌唱に関しては鎌野さんのバックボーンが感じられる曲ですよね。
嬉しいです。楽器としての声からオペラ唱法まで使っているので、たしかにすべての要素が入ったかもしれないですね。私は音楽を作るときに結構音数を入れたがりなんです。例えば16分音符のフレーズなど、細かく点で打つようなフレーズを多用するのですが、この楽曲ではそれをなるべく使いませんでした。その理由のひとつとして、プロフェット(アナログ・シンセ)の音の豊かさに魅かれたということがあります。例えばパソコンだけで作ってるとどうしても音一個一個が薄く感じがちなので、音数をいっぱい入れたくなっちゃうんですけど、実機であるプロフェットを使用したことによって、その豊かな音を生かすために構成音をどんどん削ぐ方向に持っていけました。そのため歌の表現もより生々しいものになったと思います。
-最後に「光」という曲が来て、さすがにちょっと八ヶ岳にはすぐには行けないんですけど、擬似体験できそうな安堵感がありました。
この曲はもともと4年前にネタがあったんですけど、それをどうにかして完成させたいなっていう思いで作りました。そのときのイメージが今の完成形とは全然違って、"ニューヨークのネオンのスモークの中で踊る"とか言ってて(笑)。この曲に関してはいろいろありまして。この曲の制作時に私のつわりがピークを迎えてて(笑)、"できない、できない"って寝転がりながら、"どうしよう?"って言ってました。ただそうも言ってられなかったのでスタジオと寝室を繋いでトーク・バックのシステムを作ってもらって、横になりながら制作を進めた思い出があります(笑)。だからこれは夫の菅原(一樹)が結構アレンジしてくれています。最初のイメージとはずいぶん違う形に進化しましたが、お互いに共通してたのが「贄の賛歌」のくだりでお話ししている、八ヶ岳での生活で体験してる価値観や考え方でした。多少の差はあるんですけど、そういう共通の価値観とこれまで経験してきたお互いの音楽の趣味趣向からこういった形に辿り着きました。それと後づけですが、結果的に新しい生命に対しての曲になったように思います。
-アルバム・タイトルが"HUMAN"ということも非常に"収まった!"って感じがリスナー的にありました。
かなり幅広いジャンル且つ今やりたいことを詰め込んだので、ひと言でまとめるためには大きく出て、"「HUMAN」にしよう"と決めました。他の案はなく最初からアルバム・タイトルは"HUMAN"でした。"2022年の鎌野愛のポートフォリオ"と言える作品になったと思います。
-完成した状態なので、楽しくお話しできているのかもしれないんですけど、きっと辿り着くまでには逡巡があったんだろうなと今お聞きして思いました。
ありましたし、今でもあります。作曲家として、ヴォーカリストとしてどのように人生を送っていくかということはずっと考えています。特に歌に関しては一生悩んでるし、考えていくと思いますね。満足できることが一生のうちにないかもしれないけど、それでもきっとずっとやり続けて研究していきたいし幅も広げていきたいです。
-今まで折に触れて鎌野さんの声を聴いていらっしゃった方にはひとりの人間、鎌野 愛っていう人の作品として、ぜひこの機会にアルバム1枚として聴いてもらうとすごくいい気がしました。
ありがとうございます。ぜひ、そうなったら嬉しいです。
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