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INTERVIEW

Overseas

THE VACCINES

2015年06月号掲載

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Member:Freddie Cowan (Gt)

Interviewer:山口 智男

-Track.1「Handsome」のようなTHE VACCINESらしいロックンロールがある一方で、新作にはエレポップの要素もある曲やピアノ・ナンバーもあって、楽曲は前2作よりも格段に幅広いものになっていますね。"ギター・ロックの救世主"と謳われたみなさんがシンセやピアノを使うことにびっくりするリスナーもいると思うんですけど。

"ギター・ロックの救世主"なんてレッテルを貼られたことなんてあったっけ(笑)。それに、今"ギター・ロックの救世主が戻ってきます"なんてやってもうまくいかないような気がする(笑)。ギター・ミュージックは今人気という意味では苦しんでいると思うしね。というのも、今はあまり楽しくエキサイティングな形でギターが使われていないからなんだ。まぁ、ST.VINCENTみたいなアーティストは今、モダンな方向にギターを持っていこうとしていて、すごく可能性を押し広げているとは思うけど。でも、このアルバムには、みんなが思うよりもギターの音がたくさん入っているんだ。と言うか、ほとんどの音がギターでできていて、エフェクトがかかっているだけなんだ。もちろんピアノはピアノだしシンセはシンセだけど、例えば「(All Afternoon) In Love」(Track.5)のオープニングの音はギターなんだ。シンセっぽく聴こえるあのメロディの部分がね。狙いはギターの音をギターっぽくなく聴かせるということだった。新しく面白い形でギターを使って、今日的な意味を持たせようと思ったんだ。ブリット・ポップ的な音を作ることには興味がないからね。あれは過去のものだから。

-ところでディスコっぽいと言うか、ダンス・ポップなTrack.3「Minimal Affection」、Track.6「Denial」やソウル・ミュージックの影響がうかがえるTrack.9「Maybe I Could Hold You」は新境地と言ってもいいと思うのですが、みなさんはディスコやソウル・ミュージックからどんなふうに影響もしくはインスピレーションを受けてきましたか?

うーん......どうだろうな。初めて音楽を作ったころの俺は、自分の聴く音に対して過激なくらいに純粋主義者だったような気がする。音楽を聴くっていうのは煙草を吸うようなもので、曲を1曲聴くのが煙草を1本吸うのと同じような感じなんだ。煙草を全部吸いきってしまうと......つまりひとつのものを聴きすぎて退屈してしまうと、音楽的な中毒性を満たすのに他のものを探すようになる。でも、いろんなものを聴くようになったことに関しては、自然な出会いだったと思うな。Dionne Warwickとか、J DILLAとか、それから......まぁとにかく、自分たちが"何だこれ!"と思うような曲には自然に出会っているだけの気がするね。俺たちはもう"ファン・ボーイズ"じゃないからさ。"ああ、このバンドが大好きだ!これこそが俺たちの運命のバンドだ!"なんてことにはもうならない。"この曲スゴイな"はあるけど。Billy Coxの『Nitro Function』というアルバムがあるんだけど、そこに収録されている「Powerhouse」という曲があってさ。その曲にChar Vinnedgeという女性ギタリストが参加しているんだ。聴いていると、こんな音を作っているような人がいるなんて信じられなくなるような音だよ。あれにはものすごくインスピレーションを受けたね。それから、たしかDEERHOOFの曲だったと思うけど、「Big House Waltz」って曲があってさ。とにかくすごい曲で、インスピレーションを強く受ける曲なんだ。そういう曲には偶然出会うんだよね。他にもTHE FLAMING LIPSの曲も好きだし。俺たちはたぶん、ジャンルの垣根なんてないようなバンドの音楽が好きなんだと思う。自由があって、いろいろな音楽性を持ち合わせていて、耳にするだけで楽しくなれるような曲。そういう曲を作ろうってことくらいしか、今回は課題になかったような気がするね。俺たちがそういう曲を聴いたときに覚えたフィーリングを再現してみようという感じだった。

-前2作とは違うタイプの曲を作るのは楽しかったですか? それともプレッシャーで大変でしたか?

いや、すごく解放感があったね。前のアルバムのツアーが終わるころには、ガレージ・ロック・バンドとしての役割みたいなのにほとほと疲れてしまっていたんだ。そういう役割を担おうと思っていたわけじゃなかったし、あれはほとんど偶然みたいなものだったからね。"ガレージ・ロック・バンドみたいだな。シンプルだし、ギター2本だし、シールド挿してプレイすればいい"みたいなのにもう飽き飽きしていたんだ。もうそういうのはやりたくなかった。そんな音楽はもはや一切聴いていなかったしね。だから早く、自分たちが憧れている人たちの仲間入りをしたいと思った。今自分たちが生きているその時代に属する音楽を作りたいってね。もちろん『Come Of Age』はとても気に入っているし、今でもいいアルバムだと思っている。でも俺にとっては単純すぎるんだよね。

-アルバムのタイトルになっているTrack.12「English Graffiti」が海外ではデラックス・バージョンのアルバムにしか収録されていないのは、なぜ?

タイトルがこれになるのは最初から決まっていたような気がする。タイトルの響きが大好きだし、曲自体も、歌詞の方向性がアルバム全体に重なるものがあるんだよね。"English Graffiti"(=英語の落書き)っていうのは、今や世界中どこに行ってもあらゆる壁に書かれている。グローバル化したカルチャーの象徴なんだ。みんな同じ音楽を聴いて、同じ服を着ている。世界中のどんなお店に行ってもコーラの缶が買える。それにみんなInstagramやFacebookで繋がっているしね。でもその反面、スピリチュアルでディープな繋がりからは離れてしまったような気がするんだ。オンライン的な関係で動いているというか。距離を縮めてくれているはずのものが、実は俺たちをダメにしている。感情的な、ソーシャルな意味でね。......というのが、アルバムのテーマみたいなものなんだ。何が悪いとか言っているわけではないんだ。単なる観察であってね。便利なものが多いから、自分たちで自分たちを、人間にとって最も必要な経験から締め出しているような気がすることがあるんだ。iPhoneの画面越しに地球の反対側にいる人と会話できたりするけど、魂が必要としているのはそういうことじゃない。

-まぁ、リアルタイムで世界中の人とやり取りできるようになったのはいいことだとは思いますが、その分関係を深く掘り下げようとしなくなってしまったりとか、そういう面はありますよね。

うーん......例えばみんなで一緒に出かけてもそれぞれがスマホを見ていて、お互いのことは見ていなかったりするだろう? 旅行に行ってもInstagramのネタ探しばかりしていたりとかさ。自分の都合のいいようにリアリティを変えてしまうんだ。実際の人生を送ることから離れていってるよね。そうすると、そういう人たちと(本当の意味で)繋がるのはものすごく難しいことになってしまうんだ。