Japanese
ヤなことそっとミュート
2020年04月号掲載
Writer 宮﨑 大樹
日常で感じた不安や悩みが頭から離れないときに、例えば両手で耳を塞いでみても、頭の中で乱反射する心の声は決して消えることはない。しかしながら、重く歪んだ轟音の波に身を委ねてみると、不思議とそんな心の声は優しく消音(ミュート)されるものだ。
なでしこ、間宮まに、南一花、凛つかさの4人からなるアイドル・ユニット、ヤなことそっとミュート。ちょっぴり不思議で、それでいてアーティスティックなユニット名は、一度聞いたら忘れられない味わい深さがある。そんな彼女たちが掲げるのは"ヤなことだらけの日常をそっとミュートしても何も解決しないんだけど、とりあえずロックサウンドに切ないメロディを乗せて歌ってみる事にする"というコンセプト。この言葉を聞いただけでも、ふっと気持ちが軽くなる人もいるかもしれない。
そんな、ヤなことそっとミュートの音楽の魅力は、オルタナ、ポスト・ロック、シューゲイザーを核として鳴り響く"歪んだ音"と"轟音"、そしてそこへ乗せる彼女たちのエモーショナルな歌声だ。"音楽に救いがあるのか"という話になると、宗教論争的なそれになってしまうけれど、ヤなことそっとミュートの"歪んだ音"と"轟音"、そして"歌声"が、優しく、まさに"そっとミュート"してくれることで、何かしらの"救い"を感じたことがある人は少なからずいるように思う。
彼女たちの音楽をまだ体感したことがないならば、まずは音源を聴いてみるのもいいし、音の洪水とでも言うべき分厚い音圧をライヴで体感するのもいいだろう。すると、その音質の良さに驚かされるはずだ。と言うのも、ヤなことそっとミュートの運営はエンジニアが行っていることもあり、その技術が遺憾なく発揮されたライヴハウスならではの轟音は、生音派もきっと満足させてくれるであろう(もちろん、節目のタイミングなどで行われるバンド・セットでのライヴも期待を裏切らないに違いない)。
さて、2016年に活動を開始した彼女たちの音楽は、多様な音楽ジャンルのアイドルが誕生し、群雄割拠、戦国時代とまで言われていた当時のシーンにおいても、ひときわ大きな輝きを放ち人々を魅了していた。その勢いは、結成2年目にしてマイナビBLITZ赤坂でワンマン公演を開催したことや、同年にテレビ朝日系列"関ジャム 完全燃SHOW"で"音楽業界のプロが選ぶ!!今絶対に知っておくべき10代アーティスト!!"に選ばれていたことが裏づけている。以降も、初の海外公演や、Zepp DiverCity(TOKYO)でのワンマン・ライヴと、着実にその実績と実力を積み重ねていった彼女たちは、2019年にメンバー レナの脱退、そして新メンバー 凛つかさの加入を経て現体制に至る。
そしてこのたび、彼女たちが、ニュー・シングル『Afterglow / beyond the blue.』で、いよいよ満を持してのメジャー・デビューを迎えた。心理的な負荷や、不安な社会情勢、もはやインフラ化したと言ってもいいSNSの普及による現実での孤立感、それらの"ヤなこと"が飽和状態、極限状態になっている今この時代に、それらを"そっとミュート"する彼女たちがメジャー・デビューを迎えるということに、何か運命的な力すら感じてしまう。
そんな彼女たちのメジャー・デビュー・シングルの1曲目は、哀感の漂うピアノから幕を開ける「Afterglow」だ。「Afterglow」は、2年ほど前からライヴでは披露されている、ファンにとっては馴染み深い1曲。今回の待望の音源化に際し、新たに加えられたストリングス・アレンジも聴きどころとなっている。彼女たちらしい激しく歪んだギター・サウンドにストリングスの音色が合わさることで、より壮大で深度を増した音像が広がり、その情景は荘厳な大滝の滝壺を思わせる。どこまでも広がっていく轟音に包まれていると、雄大な大自然を肌で感じ、"自分の悩みなんて小さなものだ"と感じてしまう、あの感覚を思い出した。結成4年目というキャリアの中で、こだわり抜き、磨き上げてきた歌唱面は、技術的にも表現力的にも申し分なく、これだけスケール感のある曲においても鮮やかに歌いこなしてみせている。彼女たちが、切なげな情感たっぷりに歌い上げるのは、"別れ"の歌。それでも"僕は 今君から覚めよう"と、前を向き、光を示しているところは、彼女たちが音楽を届けるうえでの核心的なスタンスなのではないかと思う。
c/wの「beyond the blue.」は、「Afterglow」のアンサー・ソング的な立ち位置であることがインタビューで明かされている。「Afterglow」の存在で「beyond the blue.」が深みを増し、「beyond the blue.」を聴くことにより改めて聴く「Afterglow」では、また違った聴こえ方をしてくるのが非常に興味深い。サブスク全盛、単曲の配信シングルも多く、フィジカル作品としての価値が問われるなかで、ひとつの作品であることに意味を持たせたいい趣向だ。
この作品がメジャー流通されるによって、ヤなことそっとミュートの音楽はより多くの人に届いていくはずだが、彼女たちが主体としているオルタナ、ポスト・ロック、シューゲイザーと呼ばれる音楽には、馴染みのないリスナーもいるだろう。とりわけ一般層について言えばその傾向はより顕著になると思われる。そういった音楽をより親しみやすくするのが、歌とダンスで表現する"アイドル"という、自由度の高いフォーマットだ。彼女たちがリスナーの中に眠る音楽の扉を開くことによって、今後さらなる音楽ファンや一般層を巻き込んで、新たなリスナーを獲得していくのだろう。もちろん、すでにオルタナ・サウンドを聴き込んでいるリスナーにも自信を持っておススメしたい。そして、アイドルのシーン全体で曲のクオリティが高くなっている今だからこそ、ポジティヴな意味での楽曲派の方々にも、改めてヤなことそっとミュートの音楽に注目してほしい。
かつて、BABYMETALの世界進出を発端として、あとに続けと言わんばかりにメタル、ラウドロック系のグループが増加。あの頃シーンには活気が溢れていた。それから幾年かの時が経ち、当時と現在とではシーンの様相は変化しているが、今後は、ヤなことそっとミュートが先陣を切る役割を担っていくのではないだろうか。彼女たちを筆頭としたオルタナティヴ・ロック・アイドルの界隈が盛り上がり、ひいてはシーン全体が熱を帯びていく未来がやって来るかもしれない。そういう意味では、この作品と彼女たち自身が、2020年以降のシーンの未来を指し示す存在だと言っても過言ではないのだ。
▼リリース情報
ヤなことそっとミュート
メジャー・デビュー・シングル
『Afterglow / beyond the blue.』
NOW ON SALE
[USM JAPAN]
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1. Afterglow
2. beyond the blue.
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