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LIVE REPORT

Japanese

新山詩織

Skream! マガジン 2022年05月号掲載

2022.04.17 @日本橋三井ホール

Reported by 石角 友香 Photo by 達川範一(Being)
スペシャル・ゲスト:山崎あおい オープニング・アクト:Ran

どこまでも自分に嘘をつかない人の声――ライヴ中、ずっと感じていたことはそれだった。新山詩織が再始動後、初のバンド形態でのライヴを4月17日、日本橋三井ホールで開催。約4年ぶりとなる新作『I'm Here』リリース後としては初めてのライヴということもあり、大勢のファンが彼女との再会を望んで足を運んだ。

開演前には2020年にデビューした、今年22歳のシンガー・ソングライター、Ranがオープニング・アクトを務め、新山のステージに向けて場を温める。開演までの少しの待ち時間の間には洋楽、邦楽問わずギター・ポップやシューゲイザー・ナンバーが流されており、今の彼女のフェイヴァリットや音楽性の背景を窺わせるのも楽しい。

定刻になり、まずバンマスでもある小野塚 晃(Key)と新山が登場し、ピアノのイントロが途切れたところで、アカペラで言葉をしっかり届けるアレンジに変容した「Smile for you」で口火を切った。柔らかな内容ではあるものの、彼女の決意が伝わるスタートを刻みつける。歌い終わると大勢のファンに向けて、ともに音楽を楽しめることへの謝辞を述べて、バンドも入った「New」を披露。新山の軽快なアコギのリフやビートに合わせて、さっそくクラップが起きる。歌が際立つ演奏で、インディー・ポップの味わいをライヴでも堪能させてくれるアンサンブルだ。黒いノースリーブのワンピースにスニーカーという、肩肘張らないガーリーな衣装もバンドのフロントウーマンといった佇まい。

過去曲も今回のバンド・アレンジになったこと、何より今の新山のヴォーカルで聴くことができるのが、ファンにとってはこみあげるものがあるだろう。マイナー・コードの16ビート・ナンバー「気まぐれ」の大人っぽさ、フルアコのギターに持ち替えての「きらきら」での、ひとり言のような繊細な歌唱と伸びやかな部分の対比に驚かされた。サビのファルセットの表現が、再始動してまだそれほど時間が経過していないことを忘れさせる「分かってるよ」まで、一曲一曲を丹念に紡ぎ、曲が終わるたびに丁寧に"ありがとうございます"と感謝を述べる。ライヴが始まった冒頭1、2曲目までは心の中で、"頑張れ!"と声援を送っていたのだが、いつの間にか、すっかり新山詩織バンドのライヴに魅了されていた。MCでの謙虚すぎるぐらい謙虚な人物像と、いったん歌い始めたら物語を堂々と伝える表現者としての人物像のいい意味でのギャップを、曲ごとに感じながら。

緊張もだいぶほぐれてきたように見えたところで、敬愛するLucy Roseのカバー曲を歌うという。小野塚のピアノとアコギで演奏した曲目は「Shiver」。少しハスキーでアンニュイなニュアンスもありつつ、芯も感じさせる歌唱は彼女がこの曲を深く愛していることを感じさせ、小野塚のニュー・エイジ~ジャズテイストのある伴奏も手伝って、素晴らしいクオリティを体現していた。英語詞と声の相性もいい。さらに、盟友とも言える山崎あおいを迎え入れ、今や飲み仲間だとふたりの関係を話してくれた。山崎のオリジナル「ともだち」に新山がコーラスをつけるというスペシャルなコラボで、歌がふたりの関係を教えてくれる印象だ。そしてこの日が初披露となるコラボ新曲「Free」。山崎が作詞し、新山が作曲したという、オーガニックなミディアム・スロー・ナンバーだった。タイトル通り、いらない荷物は置いて出かけようという歌詞は、自然なメロディから発生したイメージと言葉なのだろう。"いやー、感無量ですね"と素直な感想を発した新山の心の内には、同時期にデビューした山崎あおいという存在の頼もしさや、コラボレーションを実現した充足感、ふたりで作った新曲を大勢のオーディエンスの前で初披露した達成感があったはずだ。

山崎との共演のあとには今回初めてツアーをまわるメンバーを紹介し、"リハの初日からバンドが完成していたので、頑張らなくちゃと思わせてくれた"のだと言う。そのアンサンブルの力強さが生きた「絶対」。歌詞の締めに置かれる"絶対"というリズムと言葉の意味の必然性が届く。続く楽曲のタイトルコールをすると、オーディエンスが一斉にサイリウムを掲げ、薄いブルーの光が揺れ、思わず歌い始める前に"すごくきれい"と新山。カントリーテイストのあるこの曲に、未来的なムードが加味されるという面白い光景が展開されたのだが、想像以上のサプライズに驚きと喜びを禁じえない様子の新山に、ファンもまた笑顔になっていく。会えない誰かに温かな気持ちを届けるような「ミルクティー」が、この日ばかりは対面で届けられることで、より気持ちが入ったのではないだろうか。

日常的な場所と思い。誰にもある記憶を心地よくなぞるような「四丁目の交差点」、そして新作の中でも、ひとり暮らしを始めたばかりの頃の、誰にも話す相手がいないタイミングのちょっとした寂しさを描き、それまで当たり前にあった家族との暮らしを思い出す「ワンルーム」のリアリティ。新山の表現はそんなパーソナルな気持ちを特段、遠くに大きく伝えようとするものではないと思う。曲として生まれたときの鮮度を保ったまま、嘘のないように歌うこと。それが何より、現在の彼女の魅力だし、シンガー・ソングライターとしての強みだと感じた。ひとりひとりに問い掛けているような親密さは「Do you love me?」で極まった印象だ。

本編ラスト1曲を前に改めて"今日は集まってくれてありがとうございます。今日はメジャー・デビュー日で"と言うと拍手が起こり、"バンドでのライヴは4~5年ぶりなんですが、後ろからバンドが包んでくれて、音が前に広がっていく感じがします。今はみなさんがこうして健康で、目の前にいることが一番だなと思います。そして4月6日、アルバムを出すことができました。時間はかかったんですが、そのときそのときの自分が、聴いてくれた人の中に広がるといいなと。最後はアルバム『I'm Here』の中でも一番生々しく、ダイレクトに切り取った曲を"と、「帰り道」のタイトルコールをして、音源ともまた違う編成による堂々とした、"ここから始まる"ことを印象づける演奏で締めくくった。

アンコールでは再び山崎とRanを招き入れ、「Daydream Believer」(THE TIMERS)のカバーを聴かせてくれた。いわゆるギター女子的なムーヴメントを生で観ている印象なのだが、すでに新山の音楽性は独自の世界観へと走り出している。どこかUKロックのフレーヴァーを感じるメロディを持った、最後の「Looking to the sky」が、その思いを裏づけてくれた。新山詩織というアーティストの自然で誰にも何にも媚びない声の特質は、それぐらいジャンルに縛られることのない強みなのだから。


[Setlist]
1. Smile for you
2. New
3. 気まぐれ
4. きらきら
5. 分かってるよ
6. Shiver
7. ともだち(山崎あおい コーラス:新山詩織)
8. Free
9. 絶対
10. シャボン玉みたいに
11. ミルクティー
12. 四丁目の交差点
13. ワンルーム
14. Do you love me?
15. 帰り道
En1. Daydream Believer(新山詩織&山崎あおい&Ran)
En2. Looking to the sky

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