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INTERVIEW

Japanese

Rain Drops

2020年12月号掲載

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Member:緑仙 三枝明那 童田明治 鈴木勝 える ジョー・力一

Interviewer:秦 理絵

VTuberには、アニソンやキャラソンから逸脱したアーティストっぽい側面もあれば、ミーハーに楽しめるところもある。それを両立させてしまえる、ある種の軽薄さがいいんです


-なるほど。では、じんさんが作曲を手掛けた2曲についても聞かせてください。「雨言葉」と「オントロジー」。どちらも歌詞に"雨"が入っていて、Rain Dropsが歌うことに意味がある曲だなと思いました。特に「雨言葉」はいいですね。歌詞が心に沁みるミディアム・テンポで。

三枝:最初に曲を聴いたとき、「雨言葉」がアルバムの最後だと思ったんですよ。

童田:私も思った。「オントロジー」が1曲目でね。

緑仙:そうそう。「雨言葉」は締めっぽい。

童田:でも、よく聴いたら、「雨言葉」で始まって「オントロジー」で終わるのは、"じんさん、天才だな"と思いました。「雨言葉」で、ザーッて雨が降ってるところから始まるんですけど、「オントロジー」で止むんですよ。

える:で、止んだあと、また雨が降るんだよ。だからアルバムを何回もループできるんです。

-「雨言葉」は、言葉を伝えてこその歌だと思いますけど、どんな想いで歌いましたか?

鈴木:歌詞に"辛い、辛いね、そうだね"ってあるので、誰かに語り掛けるように歌ってました。もともと俺は陰キャ寄りというか。偏見になっちゃうかもしれないですけど、YouTubeで活動をやってると、内側にいろいろなものを抱えて、その世界に来てくれる方も多いなと思ってるんです。人って、それぞれ抱えてるものは違うから、どこまで踏み込めるのか、寄り添えるかはわからないんですけど。どこかしら通じるところが絶対にあると思ってて。うまく日本語にできないんですけど......。

-いえ、わかりますよ。他人事じゃないんですよね、Rain Dropsの歌は。

鈴木:うん。聴いたときに、ちゃんと自分に向かって話し掛けてくれてるんだなって思ってほしいんです。CDを出す人、聴く人だけじゃなくて。俺たちは、実際に配信者としても活動をしてるので、喋ろうと思えば、直接やりとりもできるんです。そういうやりとりも大事だけど、『オントロジー』という作品では、音楽を通して想いのやりとりをしたい。そういう気持ちを込めて歌ったところはありましたね。

三枝:結局、みんな何かしら悩んでると思うんですよ。でもだからって、歌で世界を救おうとしてるわけではなくて。ちょっとでも、もう1回頑張ってみようって思ってもらえたらいいですよね。

鈴木:本当に。

童田:前向きになってもらえたらね、嬉しいよね。

ジョー・力一:これはアルバムの構成の話になるんですけど、この「雨言葉」の歌詞が、それ以降の曲で、みんながいろいろ抱えてるものに対して、肯定してるような意味合いがあるようにも感じるんです。例えば、「ラブヘイト」では、"あなたは結局、向こう側の人でしょ、僕とは違うでしょ、そういうときもあるよね"って言ってるし、「ソワレ」では"何もない日々だよね。無理矢理夜の街に車を飛ばして行きたい、そんなときもあるよね"みたいな。そういう感じかもしれない。

三枝:抱擁してくれる感じだよね。

鈴木:Rain Dropsって、誰かを否定したりしないんだよね。

-たしかに"否定しない"とか"抱擁してくれる"っていうのは、『オントロジー』という作品、あるいはRain Dropsを表す言葉として、すごく納得できます。

鈴木:先日、Rain DropsのLINEスタンプが出たんですけど、俺たちのLINEスタンプって、みんな否定してないんですよ。

える:え? それって、そういう意味があるの?

鈴木:偶然そうなっただけかもしれない(笑)。

三枝:緑仙の"バカだな"って、あれは......。

緑仙:"バカだな"って言いながら、バカなお前を肯定してる。

える:バカでもいいんだよ。

童田:お前、バカだけど、俺は嫌いじゃないぞっていうことだね(笑)。

-(笑)アルバムの最後を飾る「オントロジー」は、アルバムのタイトル・トラックです。"存在論"という意味のとおり、Rain Dropsという存在そのものを歌っているように感じました。

ジョー・力一:このタイトルは6人で考えたんです。コンセプトとしては、三枝君が持ってきたんじゃない? 最初、"レゾンデートル"とか、あのへんの言葉と迷ってて。

緑仙:"レゾンデートル"は"存在証明"っていう意味で。VTuberとしての存在を、いろんな言葉で言い換えられないかなって、みんなで話し合って出てきた言葉だよね。

三枝:ずっと思ってるんですよ。バーチャルYouTuberって、二次元でもないし、三次元でもないんですよね。今自分たちがどこにいるかって、活動してるやつらもわかってない。見る人によって、"これはアニメだ"って言う人もいれば、"これは生モノだ"って言う人もいるんです。もしかしたら、どこにでもいて、どこにもいないんじゃないかっていうことは、ずっと思ってるんですよね。だけど、僕たち6人がこうやって集まって、音楽をやって、このCDが世に出たっていうことは現実に起こってる。バーチャルYouTuberにかたちがないけど、CDには実体があるんです。それが、みんなの手元にずっとあり続ければいいなっていう想いが、「オントロジー」にはあるんですよ。

ジョー・力一:なるほどね。

童田:そういう意味でも、CDを買ってほしいね。

三枝:できれば、実物を買ってほしいなっていうのはね。

える:配信でも聴けちゃうけど。

三枝:ものがあるのとないのでは全然違うからね。

ジョー・力一:そうだね。バーチャルYouTuberは、誰かが観測するまでいないから。

鈴木:うん。人との関わりから自分の存在を見いだすっていうのが、この"オントロジー"というワードに入っているんですよ。"私がここにいます"って言うことで、もちろん存在証明はできるけど、今回ここに入っている曲は、"結局、自分ってなんなんだろう?"と考えたときに、他の人と関わっている自分を、自分で認識するっていう曲なんです。だから完全にひとりきりの曲ってないんですよ。絶対に相手がいる。それって、Rain Dropsの存在そのものだし、ひとりのヴォーカルによる歌じゃなくて、みんなが歌ってるっていうところにもかかってるのかなと思いますね。

-他者との関わりの中で存在するVTuber集団だからこそのアルバムになっているんでしょうね。今作を聴いて、ますます今後のRain Dropsが楽しみになりました。こういう存在だからこそ新しい領域を目指していけるんだろうなって。

三枝:じゃあ、月面パブリックビューイングとか目指しますか。どこにでも行けるからね、僕たち。

ジョー・力一:そういうことじゃねぇ。

一同:あはははは!

ジョー・力一:冒頭にも言いましたけど、VTuberには、アニソンやキャラソンから逸脱したアーティストっぽい側面もあれば、逆にミーハーに楽しめるところもあって、それを両立させてしまえる、ある種の軽薄さもあると思うんですよね。

える:そうだね、その両立はいいと思う。VTuberというもの珍しさだけでやっていきたくはないけど、それも味としては大事にしたいから。

緑仙:ただ、先のことを考える前にバーチャルYouTuberとか"にじさんじ"とか、我々を後押ししてくれる力をいったん越えなきゃいけないとは考えてます。"それは関係ないね"って言われるぐらい、Rain Dropsとしての独立した存在が確立できてから考えたい、と個人的には思ってますけどね。

ジョー・力一:そのためには6人ひとりひとりが職人にならなきゃいけないんですよね。