Japanese
ドレスコーズ
2021年06月号掲載
サブスクリプション・サービスの仕組みを最大限に活用して、アルバムの内容が変化していくプロセスを不特定多数のリスナーと共有させてくれた『バイエル』。ここ数年、音楽性そのものの自由度を拡張する志磨遼平が、音楽の体験価値すらアップデートし、それらすべてが作品と言えるものになった。今回はフィジカルのCDがリリースされた段階でオープンにできる内容も含めたインタビューを公開。『バイエル』という"ラボ"のようなものを開設した志磨の意図と、音楽性の相関とは果たしていかに。
-今回はテーマとリリース形態が不可分なものだと思うんですけど、志磨さんの中ではどういう発生の仕方だったんですか?
サブスクリプションであろうとCDであろうと、まぁだいたいは完成品が──当たり前ですけど、リリースされる。でも、その完成品がサブスクリプションの中でさらに進化というか成長していく、変化していく、つまり決定版みたいなものが存在する必要もないというか、そういうのって非常に音楽的なんじゃないかなと思って。作品自体が流動的であるっていう。で、そういうやり方をいつか誰かがやる前にやろうっていうのはたぶん、2~3年前、もしかしたらもうちょっと前から考えてました。それとは別に、なんか練習曲みたいな、すごく簡単で、子どもでも中学生でも演奏できるぐらいのシンプルな曲だけのアルバムっていうのが作りたくなって、タイトルはじゃあ"バイエル"というのがいいな、と思ったのが、たぶん前のアルバム(2019年リリースの『ジャズ』)ができた頃なので、2年ぐらい前ってことになりますかね。その"バイエル"と、前から温めていたリリース方法がぴったりかもなってことで、1年ぐらいかけてSpotifyとかApple Musicとかいろんなところに確認とってもらいながら、コソコソ水面下で準備していたという感じです。
-サブスクリプション上で変化していく作品という着想というか、アイディアの影響は何かからありましたか?
最初にヒントになったのは曽我部恵一(サニーデイ・サービス)さんですね。曽我部さんが配信のリリース後にミックスを直したというようなことをインタビューでおっしゃってて、ちょうどその頃曽我部さんに会える機会があったので、お茶しながら"ミックス直すのって、どこまで直していいんですかね?"って聞いて(笑)。例えば"A"という曲があったとして、それは何をもってして"A"なのか? っていう疑問が湧くじゃないですか(笑)。曲の長さなのか、メロディが同じであればいいのか、タイトルさえ同じならいいのか。管理してる会社からすれば何をもってして同じ曲って認識なのか。"そういうルールとか決まりとかあるんですか?"って。例えば最初にドラム・トラックだけをリリースして、しばらくしてベース足しました、ギター足しました、って徐々に完成していくみたいな、そういうリリースの仕方とかできるんですかね? と聞いたら、"うーん、できるんじゃない?"みたいな(笑)。
-曽我部さんも確信はなかったんですね(笑)。
でも"誰もやってないから、志磨君それやってよ~!"っておっしゃっていただいて。
-これ、面白いのが曽我部さんはあとでミックスを変えたいという理由だったり、Kanye Westの『The Life Of Pablo』はいつまでも完成まで変更したりしてましたが、志磨さんの場合は逆算じゃないですか。
そうですね。"どうしても直したいんだ!"とか、"どうしても完成しないんだ"ということではなくて、もうちょっと"ラボ"みたいな感じというか(笑)。
-完全なる製作過程ではないかもしれないですけど、いわば手の内を明かすみたいな。
うんうん。そうですね。
-それってリスナーとしては非常に嬉しいです。
よく昔から思うのが、例えば曲を作るときにメロディから僕は作るんですけど、メロディと簡単な伴奏? ギターなりピアノなりの伴奏のみっていう、その状態は人間の子どもに例えれば小学生、中学生というか、ほんとに可能性が無限にある、これから何にでもなれる状態なんですね。我が子だからこその可愛いさもある。"あぁ、すごくいい曲ができたなぁ"といつも思うんです。でもそこから、その曲に個性とか特性みたいなものが備わっていくんですよ。歌詞が付く、タイトルを付けてアレンジが付く。そのうえで自分の声で歌う、自分のバンドで演奏する。僕の特性みたいなものがどんどん"付着"していく。僕の指紋でベタベタになっていくイメージです。"ドレスコーズというややこしいバンドがいろいろあったうえで新曲を出したのか。どれ聴いてみよう"っていう聴かれ方をするさだめ(笑)。
-たしかに誰の作品ということになると、さだめですね。
この曲がもしも僕のとこに生まれてなければ......例えば僕じゃなく、どなたでもいいけど、すごくさわやかなシンガー・ソングライターのところにポンと生まれていれば、もう少し別の聴かれ方をしたかも。"僕でごめんね"みたいな(笑)。最初もっと良かったような気がする、ってことがよくあったんですよ。だからなるべく最初の印象、この曲にもともと備わっている良さっていうのを掴んで、それに見合った言葉とアレンジを付けるように気をつけていて。この曲の魅力を減らさない、できれば魅力を増幅させるような言葉、アレンジ、演奏、歌い方。で、僕もだいぶ経験や知識は増えましたので、反省するほどの失敗はだいぶ減りましたけど、このリリース方法なら、そういう......何にでもなれる可能性があった状態の曲っていうのを、そのままリリースする、それをみんなでシェアすることができる。で、そこから選択肢を削っていく? ドラムが入り、歌詞が付いて、タイトルが付いていくのを、みんなで見守る(笑)。っていうのは、ほんとに"ラボ"じゃないですけど、ちょっと面白い実験になるかもしれないなぁということですかね。
-選択肢が削れていくと同時に、記名的なものになっていくわけですね。
そうですね。それによって生まれる感動も絶対ありますから。聴いている人とそれを作った人との共感、信頼みたいなものっていうのはやっぱり歌詞だったり、何がしかのストーリーだったりするので。
-第1弾の中身は練習曲と称されていました。ピアノ・インストなんですけど、いろいろなものが聴こえてきました。
それは嬉しい。それはほんとにもしかしたら今言った僕の......最初に曲がポンと浮かんだ状態の、もしかしたらシェアかもしれない。僕もいつも、いろいろ聴こえてくるんです。ここでたぶんこういうドラムが入るな、ここにこういうギターが入るな、とか。そういうまだ無垢な状態のメロディが持ってる情報量のシェアだとしたら、すごく面白い。
-いろんなリアクションがあったと思うんですけど、やはり第1弾はいろんな可能性の見え方があったように思います。
ね? 僕エゴサ大好きなんで、めっちゃエゴサして(笑)。面白いなと思ったのは、みんなすごく能動的な聴き方をしてくれてたというか。ただ"ドレスコーズの新譜こんな感じか、へぇ"じゃなくて、"これってもしかしたら楽器が増えていくのかな"とか、"これにどんな歌詞が付くのかな"とか......なんでもいいんですけど、100人いれば100通りの最高のパターンを空想する余地、参加する余地がある。みんなで曲を考えるリリース方法なんだなって、やってみて初めて気づきました。
-このシリーズのテーマは"まなびと成長"なので、聴き手側への提案が大きいなと。
僕は音楽を人から教わったことがなくて、ずっと独学で。教わるものではないと思いながらずっとやってきたところもあり。でも......例えば演劇のお仕事をするようになったんですね、ここ2~3年。するとまぁ、例えばワークショップってものがあるとか、あとは、演出家が役者に稽古じゃないですけど、"もっとこういうふうにしてみて"とか、"なぜここをそういうふうに表現したの? その意図があるなら聞くし、なければ、なぜそうしたかを1回考えよう"というような、学ぶ場が常に制作過程に用意されていて。じゃあ、僕が、もし教える立場になったとしたら、何ができるか、それによって自分が何に気づいたり、考えたりするか、って思うようになり。なんだか人に何も教えることなく一生を終えるのはもったいないと思って(笑)。
-そうですね。創作という経験を重ねてきたわけで。
かと言って、実際に教室を開くわけでも弟子をとるわけでもなく、そういう......空想上の教室を設けて、そこで使われる音楽、というようなイメージかな? この『バイエル』は。架空の音楽教室の教材を作るイメージ。
-それがドレスコーズの次のフェーズだったと。
うん、なんかそんな気がしたんですね。
-そして"Ⅱ."でヴォーカルという、いきなり言葉が入ったじゃないですか。これも知らずに毎日聴いてたらすごい驚きがあったと思うんですけど。タイトルを見ただけでわぁ、って思うというか。
(笑)そうですね。
-"去年、今年のことか"と思うじゃないですか。
作曲と作詞って、同時に進める作業ではあるんですけど、たぶん使う脳みその場所が違うと思うんですよ。だからこうやって分けてリリースするとわかりやすいんですけど、メロディだけの状態では普遍性があるものも、言葉が付いた途端......即時性のものに変わるというか。違うレイヤーなんですよね。いつもはそのふたつのレイヤーが最初から重なった状態で、僕らは音楽を聴くけれど、階層を分けて聴くっていうのもちょっと面白いでしょ、という、僕の提案ですね。
-ヴォーカルが入ると一気に情報量が増えますね。
さっきの話に戻ると、例えばピアノで弾いただけのメロディに、"不要不急"っていうタイトルが付いた時点で、もう戻れないんですよね。かわいらしいラヴ・ソングになったかもしれない、にぎやかなパーティー・ソングになったかもしれない可能性は、もうないんです、ここから先は。今の僕らのどうにもならん状況を歌った歌として、この子は歩んでいく、っていう。
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