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INTERVIEW

Japanese

H△G 丹羽 文基氏 × 峯松 亮氏

2021年03月号掲載

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"死にたい"ばっかり歌ってほしくない。その裏返しは"生きたい"のはずだから それがH△Gの歌詞には前面に出ちゃうんです(丹羽)


-ここまでシーンの成熟と歩んできたH△Gについて聞いてきましたけど、結成から9年を経て、クリエイターとしての進化に関してはどう感じていますか?

丹羽:それが曲に表れてるかはわからないですけど、H△Gのマインドとして失いたくないものがあって。それが反骨精神なんですよ。長いものに巻かれたくないというか。アマチュアっぽい感じを大切にしたいと思ってたんですね。デモ・テープみたいな、ちょっと足りないぐらいがいいよねっていうのが最初で。そこからメジャー・デビューをして、僕が関わることになって、そういう未完成な部分を言い訳にしたくなかったんですよ。"完成形にしましょうよ"っていうので、手を加えて豪華なサウンドにしていったんです。

-そうすることで、反骨精神が失われることになっていった?

丹羽:というか、シーンに寄り添うかたちでクリエイティヴの方向づけをしようと思ってましたね。いわゆるネット・カルチャーで人気がある曲に、どういうふうに寄せていくかを気にしてやってきたんです。でも、今回のアルバム『瞬きもせずに+』っていう作品で新たに追加した曲っていうのは、そこの考え方が変わってるんですよ。むしろ、シーンに対するカウンターを打ちたかったというか。

-峯松さんはそのあたりの方向性についてどう考えていますか? シーンに寄せるのか、カウンターであるのかっていう。

峯松:僕の立場で言うと、H△Gのビジネスチャンスを広げるうえでは、ネット・シーンに寄せた音楽を出すっていう時期も必要だったと思います。すべてが当初のH△Gのマインドで突っ走っていたら、逆にここまできていなかったと思うので。でも、シーンに寄せるっていうのは、物理的には可能かもしれないですけど、今みたいにシーンが肥大化してきたなかで同じことをやったら、二番煎じになってしまう危険性もあるんですよね。だからこそ、逆にカウンターを浴びせたほうがいい。今はそこを信じてやっていきたいんです。

-なるほど。

丹羽:これは話すつもりはなかったんですけど、僕もH△Gのメンバーとして曲作りの重要な部分を担っていて、大人が若い人がやってることに寄り添っていくより、大人としていいと思うものを出したほうがいいんじゃないかっていうことなんです。YOASOBIやヨルシカは、聴いてる人間と作ってる人間が、ほぼ同世代っていうなかで共感が作られていくけど、H△Gがそこにいこうとしても絶対にいけない。だったら、H△Gがいいと思ってるものを気に入ってもらう方向にいったほうが、いいんじゃないかっていうことですね。それに対して、コンポーザーであるYutaも、"シーンを意識するとか考えなくていいと思ってました"って言ってくれたんです。

-楽曲のメロディに関しては、すべてYutaさんが手書けてるそうですけど、Yutaさんのメロディ・センスに関しては、どういうふうに感じていますか?

丹羽:Yutaには、他のアーティストに歌ってもらうために、メロディを作ってもらったことがあるんですけど、Chihoとの相性が一番いいんですね。これ、最初僕は悪いことだと思ってたんですけど、Yutaは引っ掛かりの強いメロディなので歌詞が乗せにくいんですよ。

-聴いていると、そんなふうには感じないです。

丹羽:そう、聴いていると感じないと思います。でも、いざ歌詞をハメる段階になるとすごくハマりにくいメロディが多いんです。そういうメロディって、普通は歌いにくくなるはずなんですけど、Chihoはならないんですよね。不思議なんですけど。

-作り手と歌い手として相性が抜群なんでしょうね。

丹羽:まさに相性ですよね。そこがH△Gの楽曲の真骨頂だと思います。

-歌い手としてのChihoさんに関しては、キャリアを重ねるにつれて、どんどん表現力が豊かになってきたように感じます。

峯松:上手くなってきてますよね。

丹羽:もともとめちゃめちゃ上手いほうだったんですけど。

峯松:少し前に某バンドのレコーディングにChihoがコーラスで参加させてもらったんですよ。そのとき、僕は初めてChihoがレコーディングをしてる現場に参加したんですけど、めちゃくちゃ上手くて。メンバーの方が直接ディレクションをしてくれたんですけど、もう言うことなし、みたいな感じで、すぐに終わったんです。

丹羽:早かったね。

峯松:ツカミも身につけるのも早いというか。そこはすごくびっくりしました。

-楽曲を解釈する理解力も高くないと、そうはならないですよね。

峯松:生まれながらのシンガーなんだなっていうのは感じましたね。

-では、最後に『瞬きもせずに+』についても話を聞かせてください。もともとBlu-rayディスク・アルバムとしてリリースされたものが、CD化されるわけですけど。そもそもアルバムと映像作品を同梱した作品を出したのはどうしてだったんですか?

丹羽:単純にハイクオリティな音源で出したかったからですね。あとは誰もやってないから、かっこいいかなって(笑)。冷静に考えると、すごく機能的なんですよ。容量が大きいので、ひとつのパッケージに全部を入れられるんです。アルバム1枚分と声劇っていうライヴ映像とミュージック・ビデオを全部入れて、それでもまだ余裕がある。メニュー画面もきれいですし、すべてのクリエイティヴに対してクオリティの高いものが作れるのが魅力だったんです。H△Gはこんなことをやったほうがいいよなっていう衝動ですね。

-そのオーダーを受けてメーカーの立場としては?

峯松:困惑ですよね(笑)。

丹羽:なかなか大変だったと思いますよ(笑)。

峯松:僕は社内を調整する立場ではあるんですけど、やっぱり多かったのが、"これはいったいどういうものなんだ?"っていう疑問ですよね。

-映像作品なのか? それともアルバムなのか? みたいな。

丹羽:僕らとしては、曲だけじゃなくて、声劇まで入ってアルバムなんだという考え方が面白いよねってところでまとまってたんですよ。そっちのほうが楽しんでもらえるんじゃないのかなって。

-作品を手にとるとわかりますよね。アルバムでも声劇でも、一貫して、"夢"というものを根底のテーマにしてるから、トータルでひとつの世界を作り上げてるものだし。

丹羽:そうなんですよ。そのあたりのことを伝える難しさはありました。H△Gは人としてメッセージを発信してるのではなく、世界を表現したいから、クリエイティヴがたくさんあったほうが出しやすいっていうのがあるんですけど。それは、こちら側の都合なので。なんとかそこをわかってもらいたかったんです。

-実際に出してみた手応えはどうでしたか?

丹羽:セールス的にはなかなか難しいところがありました。売り場のどこに置いていいのかわからない問題もあったので。

峯松:お店の方の困惑もありましたからね。

丹羽:たぶん先取りしすぎちゃったんですよ。

峯松:そうそう、H△Gはいろいろ先取っちゃうんですよね。クリエイター集団っていう形態もそうですけど。

丹羽:これを作ってくれた制作業者からは、これこそが新しいメディアだっていうふうに褒めていただいて。クリエイティヴの視点ではチャレンジして良かったと手応えがある反面、伝わりづらいっていうのは受け止めなきゃいけないと思ってますね。

峯松:僕もやって良かったと思ってます。こういう出し方をすることで、ユーザーに選択肢を持ってほしいなとは考えているんです。Blu-rayを観るためにはハード面の環境も整えなきゃいけないけど、楽曲だけ聴きたい人は配信音源で聴いてもらっても構わない。そこはユーザーに選んでもらえればいいのかなっていう気持ちはあるので。

-サブスク時代ならではの考え方ですね。

峯松:そう、今はユーザーに市民権がある時代ですからね。そのなかで、あの作品を出したあと、"CDも出してほしい"とリクエストもいただいたので。だったら、CDでも出しましょうという流れになったんです。

丹羽:これは意外でしたけどね。もっとサブスクで聴かれるのかなと思ってたので。

-日本はCDを持つ文化がなくなりませんね。

峯松:そこは海外とイコールにはならないなと思いますね。

丹羽:もちろんCDの市場が縮小してるのは確かですけど。CDで持っていたい人がこんなにいるんだなっていうのは発見だったので。出す側としては、やっぱり全方向の要望に注意を向けないといけないんだなっていうのは思いました。

-CDとして出すうえで、3曲追加するのも自然な流れでしたか?

峯松:この企画を進めていくなかで、12曲そのまんまみたいな案もあったんですよ。でも、やっぱり付加価値はつけたいし、現在進行形のH△Gも入れるべきだろうっていうところで3曲追加することにしたんです。ドラマ(BSテレ東"ハルとアオのお弁当箱")の主題歌になった「5センチ先の夢」は新たなサウンドになってるし、「君のままでいい」に関しても、踊ってみたのクリエイターさんに参加してもらったミュージック・ビデオを作って、2020年を経て進化した今のH△Gを表現できると思ったんです。

丹羽:単純にそのまんま出すのは面白くないっていうのが大きかったですしね。

-全12曲として発表されたアルバムは季節をめぐるような曲が多かったと思いますけど、新たな3曲はそこまで季節感はないですよね。

丹羽:正直、そこも考えたんですけどね。季節の曲にしたほうがいいかな、とか。でも、もう気にしなくていいんじゃないっていうふうになりました。

峯松:あのアルバムのストーリーとしては、「春を待つ人」までで1個できあがってるって考えると、新たに追加するものは切り離してもいいというか。

丹羽:曲順も最後に固めたからね。

峯松:(新曲は)ボーナス・トラックのような立ち位置で聴いてもらえばいいかなと思います。

-最後に収録された「卒業の唄」は、H△Gらしいテーマの曲ですね。

峯松:最後はすごくH△Gっぽく締めるんですよね。

-歌詞に"人生(みち)の先には、/まだ幾つもの"卒業"がある。"っていうフレーズがあって。H△Gが"卒業"を歌い続けていく意味のようなものを感じました。

丹羽:それが大きなテーマですよね。前向きな別れみたいなものが、H△Gの表現の中に一貫としてあるんです。すごく前向きなんですよ。ネット・カルチャーの中で、ここまでストレートに前向きなメッセージを出すアーティストは少ないと思うんです。そこが歌詞のうえでのH△Gのカウンターですね。"死にたい"ばっかり歌ってほしくない。その裏返しは"生きたい"のはずだから、それがH△Gの歌詞には前面に出ちゃうんです。

-夢を肯定したりすると、"それって夢を叶えたやつだから言えるんだ"っていう捉え方もされると思うんです。だからこそ、ネット発の音楽の特徴として、"死にたい"という歌詞が共感される風潮はある。ただ、その感情を理解したうえで、それでも夢を前向きに歌っていくんだっていう覚悟を決められるアーティストも、必要だと思うんですよね。

丹羽:そう、今の時代にはこういう歌が必要なんだっていうことを宣言したい。今後、H△Gはそこをちゃんと打ち出していけるアーティストになっていきたいんです。

峯松:もっと陽の部分を見せてきたいですよね。