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INTERVIEW

Japanese

Wienners

2012年08月号掲載

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Member:玉屋 2060% (Vo&Gt) MAX (Vo&Key&Sampler)

Interviewer:天野 史彬


-これはパンク・シーンと言うよりも、当時の東京のインディー・シーンを見ていて感じていたことなんですけど、『CULT POP~』がリリースされた2010年くらいって、ライヴハウスの暗がりの中で、いろんな新しい流れが生まれている時だったと思うんです。WiennersとかSEBASTIAN Xみたいな、それまでの10年間のバンド・シーンにはあまりなかった価値観を持ったバンドたちが出てきて。でも、それと同時に、それぞれのバンドがもの凄くピュアに音楽と結びついている分、それがより大きなシーンに派生することなく、袋小路に迷い込んでしまう可能性も大いにあったという。

玉屋:ほんと、そうですよね。2010年ぐらいって、僕らの世代のいろんなタイプのバンドが出てきて。あの時って、新世代が出てきた分、変に奇をてらったバンドが重宝される傾向もあって。俺はそれは気に食わなかったんですよ(笑)。変な奴が目立つ世の中、みたいな。“実際、そいつら変じゃねえし”って。まぁ、結局そういうバンドはいなくなってるんですけどね。……でも、あの当時の、2010年代の夜明け感はワクワクしましたね。なんか起こるんじゃないかって。何か起こしたいとも思ってたし。で、それが2~3年経って、まずSEBASTIAN Xとかがポンっと抜けたし、俺らの周りだと快速東京とかも残ってるし。1回、飽和状態みたいになりかけて、その中から、今でも残ってるバンドが頭ひとつ出た形になってるんだと思うんです。

-ですよね。そうなったのも、それぞれのバンドが然るべきタイミングで自分たちの活動の視野を広げていっているからだと思うんですけど、この『UTOPIA』っていうアルバムは、Wiennersの活動をより大きなフィールドに導く作品だと思うんです。この作品で、自分たちも同世代のシーンからひとつ抜けた存在になりたいっていう気持ちもあったのかなって思うんですけど、どうですか?

玉屋:そうですね。『W』を出した時点で、次のアルバムはこんな作品を作りたいっていう青写真みたいなものがバコンとあったんですけど、それは、Wiennersっていうバンドのいろんな面――単純に言うと激しい面と静かな面を、1曲の中で融合させようっていうことで。もっと言うと、“これがWiennersの音だ!”っていうものを作りたかったんです。このアルバムでWiennersの可能性を広げて、それを今後、もっと具体的なものにしていけたら、より圧倒的に突き抜けた存在になれるんじゃないかって思って。実際、作っていくうちに、俺たちもっといろんなことできんなって、よりいろんな可能性が見つかっていったんです。だから、いい意味で『W』よりもまとまらない方向に向かっていったし、自分たちでも予期しない可能性がどんどん見えてきたんで、それはよかったなって思います。伸びシロがまだこんなにあるんだって、作っていく過程で判明したというか。

-このアルバムには、「十五夜サテライト」みたいな物語性の強いロマンチックな曲や、「三原山の怪獣」みたいに、原発問題に対するメッセージ・ソングもあって、それぞれの曲の持ってる性質は一見バラバラなんですけど、このアルバムが一貫して伝えてるものもあるなと思うんです。それは、『UTOPIA』っていうタイトルが象徴しているように、“音楽は自分たちにとっても、リスナーとっても、ユートピア――つまり理想郷になりえるんだ”っていうことだと思うんです。ユートピアとか理想郷って、言葉にすると抽象的な感じもするけど、決してそうじゃない、現実的な意味で僕らの生活を豊かにしてくれるものとしての音楽を提示しようとしてるのが、このアルバムなんだろうなって。

玉屋:まさにそうですね。このアルバム・タイトルは最後につけたんですけど、自分にとっては、このアルバムは理想郷的なものだなっていう感じがあって。自分たちがユートピアをそのまま提示してるというよりも、自分たちが目指してる場所がここなんだよっていう意味でのユートピアというか。自分の考えてるユートピアって、絶対に手の届かないところではなくて、地球上に現実にあるものだと思うし。そういう意味で、よりポップで、カラフルで、みたいな。そういう、人間の作る理想郷っていう意味だと思います。

-僕は、その現実的な理想郷っていうのがまさに、音楽であったり、そこから派生するシーンやカルチャーだと思うんです。このアルバムにはLIFE BALLのカヴァーが入っていたり、“海へ行くつもりだった”っていう、フリッパーズ・ギターに対するオマージュもあったりしますよね。そういう面から見ても、このアルバムからは、渋谷系やパンクっていう、若者たちと音楽が密接に結びつきながらシーンを形成していた時代の精神性を受け継ぎながら、2010年代に新たな音楽カルチャーを作っていくんだっていうWiennersの野心や気概を感じるんです。

玉屋:それはもう、自分の中に根本的にあるものなんで、自然と出てますね。それこそ、僕らがいたパンク・シーンって、ストリート・カルチャーとかと結びつきは当たり前のようにあったんで。好きなバンドをカヴァーしてみんなに教えてあげたり――。

MAX:すぐジンを作って配ったりね(笑)。

玉屋:そうそう(笑)。好きな誰も知らないような海外のバンドを教え合ったりっていうことが、当たり前のようになされてて。でも、今の新しい世代の人たちってそれがないんですよね。バンドも個々だし、聴いてる人たちも個々なんですよ。俺が一番どうにかしたいなって思うところはそこで。そこが結びつかなきゃカルチャーにならないし、シーンにならない。もちろん、それぞれが個々の楽しみ方をすることによって、ジャンルでは縛られない、自由な組み合わせで音楽を聴く人たちも増えて、それが面白いところはあると思うんです。でも、それが結びつかないとシーンにならない。そうなると、聴いてる人も“これはROCK IN JAPANフェスに出てるバンド”みたいな縛りでしか聴かなくなるじゃないですか。そうじゃなくて、“WiennersがカヴァーしてるLIFE BALLってバンドなんだろう?”とか、そういうところからもっと探ってもらえれば、シーンとして、カルチャーとして、音楽はもっと強いものになるだろうなって思いますね。それは自分の中に当たり前の気持ちとしてあります。フリッパーズのオマージュに関しては、単純にユーモアなんですけど(笑)。でも、もしそこで気になってくれる人がいれば、そこから中田ヤスタカまで繋がるかもしれないし。

-そうやって若い人たちが音楽に真剣になりながら生きていければ、もっと楽しくなるのになって思いますよね。このアルバムで、そういう思いを『UTOPIA』っていう言葉の中に込めながら、切実さとカジュアルさを持たせつつ、より大きなスケール感で響かせることができたのは凄く理想的だなって思います。

玉屋:そうですね。僕らの音楽を聴いてるのって、若い人たちが多いと思うんですけど、そういう人たちにとってはインターネットが情報発信の場として当たり前にあるんだと思うんですけど、あれも使い方がもっとわかれば、シーンに対してもっともっと面白いツールになるのかなって思うし、ユートピアも広がっていくのかなって思いますし。自分たちは、他のバンドに対して率先して“ついてこいよ”みたいなタイプのバンドではないですけど、でも、気がついたら周りが盛り上がってて、自分たちがその中心にいれたら、それは理想的だなって思いますね。