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INTERVIEW

Japanese

安藤裕子

2021年12月号掲載

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「衝撃」のアルバム・バージョンは、原作の漫画も閉じたし、最後の1行を歌わせていただきました


-1曲目の「All the little things」が流れてくると前作(『Barometz』)の終わりが「鑑」だったので、全然違う印象を受けて。今回はポップスとしてのビートやサウンドが鳴っているなと。

そう。「All the little things」ができて、ある程度、公に"安藤裕子です"って出すことが恥ずかしくない1作になっているのではないかという、自信が貰えたというか。最初はね、もっとダークに、オルタナにやってやろうってモードだったんですよ。"サスペリア"というタイトルを付けて、"サスペリア"って曲のデモも作ってて。それが私、音楽的な衝動の根っこにあるんです。だから、私の元来の音楽テーマは"サスペリア"なんですよ。"全然好かれなくてもいい。誰にも"と思いながら(笑)やっていたんです。その「サスペリア」はある程度サスペンスを歌っているものだったので、音像的には楽しかったし。でもね、言葉がピンとこなくて。嘘っぽいんですよね。この、今生きている社会がこんなにギリギリなのに、絵空事のサスペンスっていうのが嘘っぽいんで、全然心から歌えない。こんなものは嘘だっていうのが自分で綴っててわかってしまって。途中までレコーディングしていたけど、"ピンとこねぇな"つって、今はちょっと眠っています。

-サウンドがダークになるとそこに乗る言葉が今は違うと?

違うなと思って。逆に「UtU」みたいな曲は、サウンドはめちゃめちゃ明るく作りました。でも、ほんとにこの鬱状態みたいなところを綴りたいと思って。平和な頃はかりそめかもしれないけど、"私なんてダメだ。もうダメなのよ"って落ちているやつで気持ち良く過ごせる安全地帯もあったんだけど、たぶんもうね、こっからほんとに弱者の切り捨てって現実的になってくると感じるし、思っている以上に戦争とかも、そんな遠くないことだと考えてるんですよ。

-現実に他の国で起こってますからね。

他の国で起こってることがすごく日本近海で起きてるってことは、すごく意識したほうがよくて、それをあまりにも日本人は語らないんですけど、おそらく非常に近いんですよ。なので、あんまり、"私もうこれがダメだったら死ぬ(メソメソ)"みたいなモードだったら、生き残れないと思うから(笑)。若い方々ももうちょっと自分で立つことをしないと。性善説みたいのあるじゃないですか。まさか政府が嘘つかないでしょとか、警察の人が悪いことしないでしょ、みたいなことって。最近の若い子たちってわりと丁寧に育てられてるから、いい子がすごく多いんです。やんちゃの限りもある程度かわいらしいものしかなくて、悪いことも大して悪くないことしかしてないんですよ。でも、自分の甥っ子まわりとか、今その世代と仕事も一緒にしてますけど、それより悪いことがたくさんあるから、それに触れたときに"えぇっ?"てびっくりしてる間にクビを刈られてたんじゃ、あまりにかわいそうですよね。だから、もうちょっとここからは危機感を持ったほうがいいんじゃないのかなと思いつつ、強くなってほしいから、逆に大丈夫だとも言いたいです。私は"そんなの別に大丈夫だから"って言っておきたいのがあって、どちらかというと明るい曲調のほうが徐々に増えていって、結果、結構明るい作品になりました。

-社会の歪さや危機があるからこそだと思うんですが、安藤さんが基本言いたいことって「恋を守って」みたいな言葉なのかなと。一生の間に響き合える人に何人出会えるかわかんないですけど、"恋を守って"って言葉は安藤さんの人生訓っぽいなと思って。

うん。そうかも(笑)。ほんとに大事なものって、そんな大したことではないと思うから。それは"隣人を愛する"。それってすごく基本的なことで、それさえあればどんな状況でも立っていられるというか、暮らしていける? 高い服を着るとかそういう身なりをしなくても得られる幸せってあるし、根本的に私はわりとそういうところに幸せを求めるタイプだから。

-どれだけの深度で人と出会えるかが大事だと?

うんうん、ほんとにそれは大事だと思う。人との出会いがあるのはすごくいいですよね。何か虚無じゃなく、触れる肉体があるっていうのは安心を得られると思います。

-音楽的にも日本のポップ・ミュージックのフォーマットにはないというか、「Babyface」はロマ音楽みたいなホーンの使い方なんだけど、ネオ・ソウルっぽさもあって。メロディが先導してアレンジがついてくるような。

うん。そのShigekuni君には、新しく歩み始めた『ITALAN』から一緒にやってもらってるんですけど、そういう意味ではもう、サウンドの自由さとポップスの融合地点みたいなものを、一緒にこの何年か模索してもらってるというか。サウンドに関しては非常に彼の持ってるへんてこな才能というか、"このメロディは、J-POPだったらこういうふうにアレンジされるだろうな"って想像がつくような曲も、それをいい意味で壊してくれるから。もう、やり尽くしたような手をやり切ってきたので(笑)、それを壊して。一定のリズムなわけでもないし、歌の抑揚の中でリズムが変容していくとか、ペタペタとコラージュされていくとか、それはすごく面白いサウンドだなと思いますね。

-そして、前作も終盤に重さが増していくアルバムだったと思っていますが、今回も「Goodbye Halo」と「衝撃(album ver.)」の終盤でグッと重みが増しますね。

「Goodbye Halo」の"Halo"って天使の輪っかみたいなやつなんですけど、"進撃の巨人"の「衝撃」の対の曲なんですよ。私が「衝撃」を作ったときは漫画を31巻までしか読んでなくて、「衝撃」は一端を切り取ってるんだけど、ほんとのエンディングみたいな部分を私の中で完結できてないところがあって、「Goodbye Halo」っていうのはそこを歌ってる。言ってしまえばエレンとミカサとアルミン、幼馴染3人がいるわけですけど、3人だけが持ちうるほんとの気持ちみたいなところとか、そういう彼らの心の部分、ほんとのエンディングみたいな部分を作ってみたんですね。だから、サウンド的には「Goodbye Halo」と「衝撃」はすごく兄弟、みたいになってて(笑)。

-たしかにこの曲(「Goodbye Halo」)には"同じだけ好き"という歌詞がありますね。同じ価値観と言うとニュアンスが変わりますけど、そういうものを共有できた者同士の強さも感じます。

でもほんとに解き放たれたいというか、"Halo"って天使の輪っかだけど、それはどこか使命みたいなものがあって。神の名のもとに与えられた使命とか、そういうものからもう離れて自由に生きたい、この場を去らせておくれって、心の吐露みたいな部分はあるかなと。

-「Goodbye Halo」と「衝撃」の繋がりの違和感のなさはそれだったんですね。

もうほんと対の曲だった。「森の子ら」っていうのも、実は怖いぐらい"進撃の巨人"の曲をいっぱい作ってた頃の曲だし(笑)。これもアニメを観てて、タイトルもそのお話があるんですけど、"森の子ら"って回を観て書いた曲で。でも、アニメを観て作ったけど実は現実社会の影響が投影されているというか、殺し合いがあるなかで、それこそ戦争とかがあると殺しが正義に変わる。普通に殺人を犯したら"犯罪者だ"とか言うけど、戦争になりました、敵国の人を殲滅しましたって言ったら"すごいじゃん!"ってヒーローに変わるという。でも、自分の愛してる人を失うっていうのは殺された側には理解できないですよね。被害者にしかならないというか、なぜ殺したんだっていう憎しみしか残らない。だけど、殺したほうの人間は戦争が終わった頃になって、"あれは間違いだったんだ"なんて言っちゃったりして。間違いじゃ済まねぇぞってところと、でも、人類はそれを永久的に繰り返して、みんな迷子みたいになってるというか。"森"っていうのは社会みたいなものだと思うんですけど、森をずっと彷徨ってる。そこから抜けきれないというような曲ですね。この曲は泣けるような曲って意識は全然ないなかで、心の一番痛い部分を突いてる感じかなと思います。

-「衝撃」のアルバム・バージョンが収録されていることは文字情報だけでもわかるんですが、聴かないと本当のところはわからないんですよね。

そうそう、「衝撃」は最終回じゃなかったんですよ。私は、最終回だと思って書いてたエンディングだけど、ファイナル・シーズンがPart1/Part2あるって予備知識なくって。"Part1かーい!"っていう(笑)。その最後の1行って歌っちゃいけない感じがして歌ってなかったんですけど、もう原作の漫画も閉じたしいいかなと思って、最後の1行の部分を歌わせていただきました。

-肝心な聴きどころだと思います。"進撃の巨人"と関連する考察ももちろんですが、みなさんがいろんな自分の暮らしに引き寄せて語ってくれるといいですね。

うん、そうですね。音楽なんてね、別に"これはこうです"っていうことではなく、聴いて、そのシチュエーションとか自分の生活の中で多様性のある解釈というか、答えが出ていくといいなと常に思ってます。